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「え?みか?」

「はい、"みか"って名前の人、霜月さん以外で身近に居ますか?」


伸兄の誕生日から2日経った昨日、いつものように着替えを持ってシャワーに行こうとしたら出て来た例のバースデーカード
一晩寝たらすっかり忘れてた
....そもそも私が書いた手紙もまだ見つけてくれてないらしいけど

どうしてもこれ以上伸兄に直接聞くのは躊躇ったし、何かを失くしたように探す様子も無いのをいい事に私は未だにカードを隠したまま
もしかして伸兄は"みか"って人からバースデーカードを貰ったことを知らないのか、忘れてるのかな


「みかって言ったら、霜月監視官しかいないと思うけど?公安局全体で検索かけてみる?」


そうネイルを塗りながら提案したのは唐之杜さん
係に囚われず刑事課全体と接するし、情報分析の女神様だしと思って....


「一般課の管財課とか、総務課にちらほら3人くらい居るみたいだけど....どうしたの?浮気の証拠でも見つけちゃった?」

「えっ、い、いやそういうわけじゃ....」

「この間旦那様誕生日だったでしょ?あの宜野座君でもう30なんてねぇ....時が経つのは早過ぎるわ」


"私達も今年で20代最後よ"と綺麗に塗られたネイルに息を吹き掛ける姿を見ても、やっぱり同い年には思えない


「もし疑わしいものを見つけたらいつでも持って来ていいわよ、私が全力で調べてあげる」

「そんな、お仕事の邪魔になっちゃいますよ」

「こんなに可愛い奥さん放って他の女と遊んでる奴を捕まえる、のも仕事のうちよ」


....その言葉に喜んでいいのかダメなのか....

でも伸兄はきっと浮気なんてしてない
....もういい加減疑うのは馬鹿らしいというのもあるけど、ただ純粋にあれは相手方の一方的な善意か好意だと思ってるから

根拠は全く無いのが問題なんだけど...


「そう言えば....ランジェリー、」

「着た!?」

「まぁ着たには着たんですけど....捨てられちゃいました....せっかく贈ってくれたのにすみません」

「あら、新しい発見じゃない!」

「え?」

「勢い余って捨てちゃう程実はあれが好きだったって事よ!あの堅かった宜野座君がねぇ....所詮男はそうなのよね」


....多分正解だと思うけど、一応苦笑いしておこう


「私のお古いる?」

「だ、大丈夫です....そろそろオフィス戻りますね。急に来てすみませんでした」

「そんなにかしこまらなくていいのに。どこぞの元監視官と似て堅いところが名前ちゃんの悪い点だと思う」

「....でも、これで損をしたことはないですよ?」

「私から貰える愛の量、損してるわよ」

「....六合塚さんが怒りますよ」







エレベーターに乗って41階に目指している最中に、飲み物でも買ってから戻ろうかと一係オフィスに向いていた思考を休憩室に方向変更した

辿り着いた先の自動販売機でリンゴジュースを選んで....

狡噛さんをふと思い出す

....もうどんな感情を持てばいいのか分からない
二度と会うことはない
こうやってリンゴジュースを奢ってくれる事も無い
楽しかった時もすれ違った時も、全部が終わった

その存在を忘れちゃいけないような気がしても、覚えててどうするのかとも思う
完全に別れてしまった人生が交わる事は無....


「え?あっ....」


突然鼻を刺した懐かしい匂いに顔を上げると


「あなたも休憩に?」

「もう戻るところです....」


東金さんだった
常守さんもだけど、狡噛さんが吸ってたタバコ....と言うより元を辿ると佐々山さんが吸ってたタバコってそんなに人気なのかな


「お先に失

「霜月監視官、」


その名前に思わず肩が震える
まさか近くにいるのかと見渡しても私と東金さん以外には誰も....


「あれはいけませんね、あなたに同情しますよ」

「....そ、そう思いますか?」

「もちろんですよ、見ていて俺も心が痛い」


ここまではっきり私に対する同情と、霜月さんに対する非難を聞かされたのは初めてで
ちょっと嬉しいというか....
なんとか私が受け入れなきゃって必死だったから....
やっぱり霜月さんの伸兄に対する態度は、他人から見ても


「既婚者に手を出すなど、監視官として褒められた行動ではないでしょう」

「...え...?」





























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....あいつはいつの間にこんな物を
まさか誕生日の時からあったのか....?
それを俺は3日も気付かずに....

....だからここ数日名前はやけに、俺に"何か言う事ない?"と聞いて来たのか


「ふふっ、嬉しそうですね宜野座さん」

「なっ、あ、いや....」


背後からした声に咄嗟に手にしていた手紙を隠す


「もしかして名前さんから手紙を貰ったのは初めてですか?」


....恐らく便箋などの購入申請を受理したのは常守なんだろう
全てが筒抜けだな


「....この時代手紙など書かないからな」


今日は当直の都合上、俺が名前より先に退勤する事になっている
何を"返事"しようか....
あいつの喜ぶ顔が見たい





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