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「....前に呼び出された時の事か?」
....そうだ、そう言えば呼び出されてた
私が聞きたい事とは違うけど、あれも何を話してたのか教えてくれなかった
「違うけど....それも何だったの?何であの時嘘ついたの?"事件についてだ"って」
泣きたいわけでもないのに
怒りたいわけでもないのに
こういう時に"良い子"になれないのはただの甘え
「それは....霜月がお前に言わないでくれと....」
「....なんで?私に言えないような事話してたの?しかも私を差し置いてでもその約束守ってるの?」
「大した話じゃない、お前が気にするような事は何も無い」
「じゃあ私が気にする事って何?」
「....名前、どうした?何が言いたい?」
何も悪い事なんてないのに
胸がざわついて仕方ない
伸兄に当たるべきじゃないのは分かってても、じゃあどうすればいいのか
「....この間、伸兄の誕生日だった日。皆には口頭で祝ってもらって、常守さんには小物入れ貰ったって言ってたよね?」
「あぁ」
「本当にそれだけ?」
「....疑ってるのか?」
....なんで?
なんで素直に言ってくれないの?
なんで隠そうとしてるの?
困惑したような態度に違和感を覚えつつも、私の心に影が大きくなっていくだけ
「自分が一番よく分かってるでしょ。今日聞いたよ、廊下で話してるのを見たって」
「....何の話だ?」
「霜月さんにバースデーカード貰ったでしょ?」
嫌な女だな....私
この状況に自分で嫌気が差す
まるで修羅場のような雰囲気に、伸兄の戸惑いを隠せない表情
自ら幸せな時間を壊して険悪な空間に持ち込んでいくのは愚かだと分かってる
聞いた時に普通に話してくれてれば良かった
今でもいいから"実は"って切り出してくれてもいいのに
どうして
「そんなわけないだろ、霜月からは祝いの言葉すら貰っていない」
....ここまで来ても認めようとしないの?
でも誤魔化そうとしているようにも見えない
私に余裕が無いから正しく判断できてないだけ?
だってあのカードは紛れも無く事実
私が実物を見てる
それを裏付ける東金さんの証言がある
「そいつの見間違いじゃないのか?あの日は霜月と話した覚えすらない」
「同じ係で一緒に仕事して来て見間違うわけないでしょ!話し声まで聞こえてたんだよ?どうして本当の事を話してくれないの!」
「ちょっと待て、俺は本当に
「意味分かんないよ!食事に誘われたのが案外嬉しかった?若い女の子に好意持たれて嫌な気はしないでしょ?黙ってる事が私への気遣いになると思った?それとも私の嫌悪から霜月さんを守る為?」
「名前!お前はそいつを信じて、俺が嘘を言っていると思うのか?」
「実際"事件についてだ"って嘘ついたじゃん!」
「あれは....」
「あれは何?私が霜月さんに対してある程度嫌悪感を持ってるって知っておいて、何でまだ隠したりしようとするの!?伸兄は昔からよく一人で抱え込む性格だけど、これは違うって分かるでしょ!」
「....分かった、あの日霜月に聞かれたのは
「もういいよ。別に浮気してるわけでもないんだし、誰かを好きになるなんて霜月さんの勝手だし。文句言ってる私の方がおかしいのは分かってるから。食事くらい行ってあげれば?」
「名前、待ってくれ!霜月は
「着いて来ないで!」
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寝室の扉が閉まり、ロックこそないものの拒絶された直後に無理に追い掛けるのは気が引けた
それよりどういう事だ?
バースデーカード?
食事?
全く身に覚えが無い話ばかりで俺も混乱が隠しきれない
....なんなんだ一体
同じ係だと言っていたが誰から聞いた?
その人物を含め名前もそうだが、勘違いでしか無い
何故今回に限って名前は俺を素直に信じてくれない?
あくまでも他人から聞いた話でしかないというのに、俺より信憑性があると言いたいのか?
霜月の嫌がらせか?
....いや、いくら何でもそんな事をする奴じゃないはずだ
自分で散らかした台所を一人で片す俺をダイムが静かに見守る
「はぁ....」
名前からの手紙に喜び、慣れない菓子作りに挑戦し、笑ってくれる事を期待した
その結果塩と砂糖を間違え、名前は泣き出し、昔のように部屋に閉じこもった
....どうしたらいい?
嘘を吹き込んでくれたのが誰だか分からない状態で、全員に疑いをかけるわけにはいかない
もちろん霜月に聞くなど論外だ
「....もう一度作り直してみるか」
今度はせめて食べれる物が出来るように