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「鹿矛囲桐斗は多体移植だからドミネーターが反応すらしなかったと....ってちょっと、宜野座君?」
「....お疲れみたいですね」
枡嵜医師の事情聴取が昨日行われて、透明人間事件はかなり進展したみたい
翔君が飛行機事故の被害者の子供達全員分の成長復元ホロを徹夜で作ってくれて、実は鹿矛囲は私達のすぐそばにいた事もつい最近分かった
二係が壊滅した今、一係はかなり大変なんじゃないかって心配してるけど朱ちゃんは相変わらずの意欲
私がどうこう言っても聞かなそうね
そんな中、朱ちゃんを私達の中では最もと言っていい程気遣っていたはずの元先輩監視官が、
「珍しいわね....」
分析室のソファで腕と脚を組みながら、勤務中にも関わらず居眠り
誰よりも仕事には真面目なこの男がね....
夜は寝ないで何をしてたのかしら?
「起こす?」
「いえ、そっとしておいてあげましょう。宜野座さんの事ですから、きっと何か事情があると思うので」
「本当に朱ちゃんは素晴らしい上司ね」
「褒めても何も出ませんよ」
「そういう朱ちゃんこそ、ちゃんと休んでる?疲労は乙女の大敵よ」
監視官らしいスーツ、前よりタバコの匂いが強くなった気がするのよね....
全く、もう随分経つのに私達は誰も慎也君を忘れられてない
今頃どこかの女と出会って子供までいたりして
....それはないわね
「そんな、乙女を期待してくれる相手もいませんよ」
「確かに刑事課の優良物件はもう完売しちゃったけど、いつどこで出会いがあるか分からないものよ?」
その中でもむしろ年々優良度が増して来ている一人が私達の後ろのソファで無防備に寝てるわけだけど
どうせなら例えば凄いいびきをかくとか、口を半開きにして間抜けな寝顔をするとか
綺麗な顔に反した汚点でもあれば面白いのに
スーツすら崩さずにやや俯いた角度で目を閉じる姿は、もはや女から見ても憎い程美しいわね
「シビュラの適性は受けたの?朱ちゃんもそろそろ考えてみてもいい歳じゃない?」
「シビュラの適性ですか....システムの完全性を否定するわけじゃないですけど、生涯を共にする人は自分で決めたいなって。特に宜野座さんと名前さんを見ているとそう思います」
「....その気持ちは分からなくもないわ」
「でもそれ以前に、恋愛なんてしてる場合じゃないですからね。私には二人の幸せを見てるだけで十分です」
「ねぇ....朱ちゃんさ、慎也君の事...もしかして好きだった?」
「狡噛さんは、....とても素敵な人だと思いますよ。正義をしっかり持った素晴らしい刑事です」
「そうね、また会えるわよね....」
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「残念、あと5分経っても起きなかったら襲おうと思ってたのに」
「....俺はどれくらい眠ってた?」
しまった....
話を聞きながら少し目を休めるだけのつもりがそのまま寝てしまうとは
昨日はあのまま顔も見せなかった名前は、寝室の扉を叩いても特に返事が無く、"入ってもいいか"と聞いても"聞きたくない"とだけ
途中で作り直したクッキーと食事だけ黙って受け取ったが、ちゃんと食べたのか心配してリビングで一人眠れるわけもなかった
一晩中何がなんだか分からない状況の中で、無理にでも寝室に入って様子を見るかと思考したり、一枚壁越しに通話でもかけてみるかとデバイスを起動してみたり
それも結局、今は余計に悪化させてしまうだけだと諦め、俺がシャワーを浴びていた間に外に置かれていた部屋着と毛布に包まれながらひたすらに落ち着かない長い夜を過ごした
一睡も出来ずに迎えた朝、ようやく部屋から出て来たスーツ姿の名前に"話をしよう"と説得したが、"トレーニングルーム行ってから直接出勤する"と言って宿舎を出て行かれた
....覚えが無いだけで、現状俺が悪い事には変わりない
そう思うと強引には行動出来ない
名前の話によると、俺が隠して黙っていた事が気に障ったんだろうが....そもそもその存在しない事実はどこから来た?
「1時間くらいね。朱ちゃんが好きな時に戻って来てくれればいいって」
「....はぁ...すまなかった、こんな所で寝てしまって....」
「それで、どうしたのよ。仕事中に寝ちゃう程寝不足だなんて」
と言う唐之杜が所謂"犯人"かもしれない
....だが唐之杜がそんな事をするとも思えない
もしかしたらその人物に悪意自体無く、実際に見間違いだった可能性もある
だとしたら問い詰めるのも気が引ける
....俺が甘くなったのか
昔ならもう少し強く言動を取れたんだが....
仕事が物騒なだけに、ただ平穏に愛しく幸せな時間を過ごしたい
「....名前と少し喧嘩をしてな」
「それくらいであの真面目な宜野座君が夜眠れなくて勤務中に寝るなんて、相変わらずの溺愛っぷりね。愛妻の秘訣は?」
「冗談を言ってる場合じゃない。会議の内容を簡単にもう一度説明してくれるか?」
全く....名前は誰に似てあんなに頑なな性格になったんだ