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「大丈夫ですか?」

「....まぁ」


あれからまた3日程
さすがに可哀想かなと思って寝室には入れてあげてるけど、未だに認めない発言ばかり
もしかしたら本当に東金さんの思い違いだったのかもしれない

でも私には証拠のバースデーカードがある
それだけはどう足掻いても変えられない

いっそ霜月さんに直接聞くのが一番早いかもしれないけど、そんな事を聞く勇気も無い
はるかに年下で成人もしてない女の子に話しかける事もも出来ないなんて、情けないと言うか....惨めと言うか

だから誰にも相談出来てない
....唯一そもそも話をしてくれた東金さんを除いて


「俺が霜月監視官に聞いてみますよ、万が一間違った情報をあなたに教えていたら申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。....むしろ何も言わないで下さい」


この状態が霜月さんの思う壺だったら嫌だ
私が惑わされてるって知られたくない
....なんて勝手に恋敵みたいな思いを抱いて、自分でも思うけど馬鹿馬鹿しい


「ご主人が嘘をつく方には思えませんが....あなたも色相が濁って来ているようだ」

「わ、分かりますか....?」

「元セラピストですから、それくらいは見て取れますよ」


実は確かに2段階程色相が濁り、犯罪係数も150を超えた
しかもずっとお世話になっていた向島先生がホロだった事も分かって、免職になったとかどうとか....
密入国者の各界重要人物への成りすましも発覚して、もう正直私はこの事件よく分からなくなって来た

酒々井監視官はまだ戻らないし、ドミネーターも合計で8丁奪われて、多体移植で成り立つ鹿矛囲桐斗は"透明人間"
おまけに密入国者や政界への関わりまで
当時の飛行機事故の報復をしたいらしいとは聞いたけど、その為に刑事課だけじゃなくて一般市民までも危険に巻き込んだのは正しいはずがない
....青柳さんや蓮池さんが犠牲になる理由なんて無かったのに

そんな私情と霜月さんへの身勝手な疑惑や嫌悪、隣のデスクに座る絶賛喧嘩中の夫により、職場では最近益々居辛くなって時間があればこうやって休憩室に逃げてしまう
元から仕事中は深くは関わらないから、伸兄も追いかけては来ないけど
それがまた事の解決を先延ばしにしているような気もして、自分の理不尽さに何度も沈んで行く


「東金さんは....霜月さんと何かあったんですか?」


そう聞くと、少し笑ったような気がしたけど気のせい....かな?

実は昨夜、聞いてもないし何度も"もういい"と言ったのに、伸兄があの時霜月さんと何を話してたのかを強引に教えて来た
例の"事件について"って嘘つかれた件
その内容は東金さんについてどう思うかとか、私のサイコパスについてだとかだったらしいけど全く意味が分からない
なんで霜月さんがそんな事を気になって、そして伸兄を呼び出してまで聞いて、更に私に黙ってるように言ったのか


「ただの上司と部下の関係です。仕事以外は何もありませんよ」

「....そうですよね」


もう....どうすればいいの?

このまま何事もなかったかのように振る舞えるほど私は強くないし、これ以上疑い続けたいわけでもない
冷たくあしらう度に見せられる悲しそうな顔に、私も弱くなりそうであまり宿舎にいないようにしてる
トレーニングルームで走ってみたり、プールで泳いでみたり
それでシャワーまで終わらせて食堂でご飯を食べて、帰ってからは出来るだけ顔を見ないように....


「私、妻として失格ですよね....夫を素直に信じてあげられないなんて....」

「あなたに罪は無い。この状況、側から見ても守秘し続けるご主人に非がある。もちろん俺の思い違いというのも否めませんが、1ヶ月程毎日のように共に仕事をして来た人間を見間違う可能性はやはり低いと俺は思っています」

「....分かってます....」

「それと、これはただの雑談として聞いて頂きたいのですが、男性は後ろめたい事や隠し事があると途端にいつも以上に優しくなる心理があります。万人に共通するわけではありませんが、一つの参考程度にして

「っ、待って下さい!それって....プレゼントとかも含みますか....?」

「相手の機嫌を取ろうとする行為全般と言えるでしょう」
































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実に単純だ
俺が仕組んだ事だとも気付かずに、味方だと信じて疑わない
その為にも宜野座執行官よりも先にカードを見つけてもらう必要があったが、本人は普段からあまりポケットを使わない様子から賭けに出たつもりだった
それが失敗したとしても、霜月監視官の話に敏感なこの女なら何かしら夫と揉め事は起こすだろうと踏んでいた

予想通りサイコパスも順調に悪化し始め、元セラピストの"雑談"も容易に信じ込んだ
嘘ではないが、この時期に宜野座執行官が妻の機嫌を取ろうとするのは当たり前だ

....母さんの判断が覆されるなどあってはならない
この女は黒く染まったと言った母さんが間違っていなかった事を、俺が必ず証明する

そして切り札はもう一つある
霜月監視官が律儀に渡してくれる常守葵の所在
あいつは絶対に俺の要求を断らない

....これで常守朱が揺らぐ
それを知って元先輩として宜野座執行官が心配しないはずがない
自分と女の事で揉めている最中に、夫が更に別の女を気遣い始めたら....宜野座名前、お前はどうなると思う?


「ありがとうございました....飲み物まで奢って頂いて、必ず何かお返ししますね」

「あなたは同僚である以前に一人の女性です。男としてはこれくらい当然の事ですよ」


霜月監視官、もうすぐお前のお陰で人が一人死ぬ
常守朱と宜野座名前を黒く染め上げる事に協力してくれて感謝するよ

染まれ
黒く
もっと





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