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「最近随分購入申請が多いですね?名前さんのおねだりですか?」
「そういうわけじゃないんだが....」
もう事の発端から1週間が経つ
全くと言っていい程名前は俺と取り合ってくれない
何度"霜月に祝われた事も食事に誘われた事も無い"と話しても、"じゃあポケットに入ってたバースデーカードはどうなるの?"と切り返される
俺としては、そんな物見た事も無い
裏面にアルファベットで"Mika"とあり、名前が見つけて持っているらしい
見せてくれと言っても、"せっかく貰ったものだから返して欲しいの?"と呆れた事を言う
それなら探し出すかと俺が先に退勤した日に部屋の中で思い当たる場所を漁ったが、思ったよりも早く帰って来た名前に見つかり、"そんなに大事なの?"等とまたも噛み合わない喧嘩をした
誰から聞いた話なのかも口を割らない
食事やシャワーといった事すら宿舎でしなくなった名前の感情は見えている
どうせあいつ自身ももう後戻り出来ないと、自ら目の前の悪道を進み続けているんだろう
自分の中で現状の矛盾に葛藤しつつも、ここまで来て突然全てを白紙にも戻せない
....相変わらず見栄っ張りなのか、俺がどうにかする事を待っている甘えなのか
どちらにしろ、互いにこの毎日に心身共に疲労して来ているのは明白だ
俺とどうしても取り合うつもりが無いなら、せめて他の物に少しでも注意を逸らしてサイコパス悪化を遅らせたい
それで心が和らいで素直になってくれれば最善だが、俺にとってもどうするか思考する猶予になる
正直、俺はこの件に霜月が絡んでいるとは思っていない
名前が信じている事実は存在しないと、俺が最も良く分かっているからだ
それなら六合塚、雛河、東金
そして目の前にいる常守
「ぬいぐるみ、可愛いですね!」
さすがに常守ではないと思うが....
2年間一緒に仕事をして来て、俺を見間違う事も悪質ないたずらをする事も無いだろう
「名前が昔持っていた物でね、20年近くも前の事で探すのには苦労したよ」
「ふふ、そう言う宜野座さんが一番嬉しそうですね」
届いた段ボールから取り出したのは懐かしいクマのぬいぐるみ
幼少期、まだ"家族"が存在していた時に親父が名前の誕生日にプレゼントし、中学生くらいの時までは大事にしていた
ある日、洗濯をしていると出て来たのは酷く形が崩れたぬいぐるみ
そもそも洗濯機に入っていた事すら知らなかった俺は焦ったが、後で聞くと飲み物を溢してしまったと言っていたか
残念そうにしていた名前に、修理に出すかもう一度買うか提案したところ、"もう子供じゃないし...."とぬいぐるみ離れをする意思を示した
それを今更見つけ出して買ったのは、もちろん名前に喜んで欲しいと言うのもあるが、俺自身が大切な懐かしさを思い出したからだ
....この歳になって昔を懐かしむ事が多くなった気がする
差別や苦悩に塗れた辛い日々よりも、その合間にあった温かな日常の存在に幸せを感じる
そんな感情を名前と共有したいと、唐之杜に20年前のぬいぐるみ探しを協力してもらい行った購入申請
実はここ数日しばらくこんな事を繰り返している
いつものように花を渡したり、昔名前が行列に並んでまで俺の高校入学祝いに買って来たシュークリームを一緒に食べたり
名前は下らない意地を張って明らかには喜ばないが、その時だけは少し様子が柔らかくなるのは分かっている
そしてその束の間の反応が俺の機嫌を引き留めていると言っても過言ではない
「喜んで貰えるといいですね」
「そうだな」
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後ろめたい事や隠したい事
....あるんだ
最近毎日のように何かしらプレゼントを渡して来る
その優しさに埋もれそうになっていたけど、そういう意図がある可能性には気が付かなかった
それならやっぱり霜月さんと何か....
「名前、」
寝室の扉が開いて、そう私の名を口にしたのはスーツ姿でたった今退勤して来たのであろう伸兄の姿
今日も何かくれるのかもしれないと、密かに連日期待していた喜びに、"そうじゃない"とブレーキをかける
「覚えているか?懐かしいと思ってな」
優しい表情を浮かべながら私に差し出されたのは、忘れるはずがない
小さい頃お父さんから貰って、洗濯機で普通に洗えると思ってしまったクマのぬいぐるみ
「あの時、本当は手放したくなかったんじゃないのか?」
....もう嫌だ
嬉しいのに騙されているような感覚で、自分がおかしくなっていく
信じてあげなきゃ
信じられない
だって
だって....
「....そんなプレゼントで私の機嫌を取ろうとするくらいなら、いっそ隠してる事があるって認めてくれた方がいい!」
「名前、待っ
「何?何隠してるの?実は霜月さんと食事行ったとか?」
「なっ、いい加減にしろ!」
「もう"そうだ"って言ってよ!」