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最悪....
汗はかくのに寒くて仕方ない
喉も痛くて咳が止まらない




久々に思い切り喧嘩した後、私は居心地が悪くなって宿舎を飛び出して唐之杜さんの部屋に向かった
そこで私が落ち着くまで直接的な事は聞かずに、ずっと付き添ってくれた唐之杜さんはやっぱり同い年とは思えない
頼れるお姉さん....というより私が子供なだけかもしれない

私が泣きついて来た事については伸兄に言わないで欲しいとお願いして、やって来た六合塚さんと一緒に三人で夜ご飯まで食べて、勢いに乗ってお酒も飲んだ

飲んで
飲んで

飲んだら


見慣れた部屋のベッドで朝になってた


隣にはその姿は無くてもう出勤していたらしい
自分は午後の当直で良かったと安心した直後に、どうやってここに戻って来たのかを考えたら自然と漏れたのは深いため息

ベッド脇のサイドテーブルにはペットボトルに入った水
もしかして、と思ってデバイスを開くと予想通りメッセージが一件あった

"今日は水をしっかり飲め。体調が悪ければ仕事は無理をするな、体を優先しろ。食事はうどんやお粥にしておけ。昨日は怒ってすまなかった"

怒ってすまなかったって....
枕元にあったクマのぬいぐるみを抱き締めて頭から布団を被る

お父さん....

怒らせたのは私なのに
謝るべきなのは私なのに
それでも無条件で与えられる絶対的な優しさが心地よくて
....もう戻りたい
ただただ穏やかで幸せな日常に
私が意地を張り出してからはご飯も一緒に食べてないし、ハグもしてない
寝る時ですら懸命に背中を向けてベッドの端で"怒り"を伝えている

冷静に考えればこんな事馬鹿みたいだって、無意味に苦しめ合ってどうするのって思えるのに
いざその場になると色々な事が頭を巡って、どんどん願ってない方向へ突き進んでしまう
オフィスのデスクに隠したバースデーカードの存在
東金さんの証言と元セラピストとしての助言
霜月さんの最近どことなく私に気まずそうな態度
それら全てを私は確かにこの身で事実として体験してるのに、ずっと一緒に生きて来たからこそ分かる伸兄の偽りの無さ

その狭間でどうすればいいのか分からない
現実と感情と嘘と理性と
揺れて揺れて
....やっぱり
サイコパスが悪化してる

元はと言えば、"霜月さんに祝われて食事にまで誘われていた"というのを隠されていた事から始まった
断ってくれたんだから別にいいじゃん、と思えないのは相手があの霜月さんだから
よりにもよって私が食わず嫌いな感情を向けている霜月さん
それを伸兄は知っている上で....

そう頭を整理しているうちに出勤の時間に近付いて来て、重い体を起こしてスーツに着替えた
ちょっと気持ち悪いし頭痛もするけど、しばらくすれば治るだろうと髪をハーフアップにしていると聞こえて来たのは玄関の開く音
聞き慣れた革靴の足音はそれだけで誰だかは容易に分かる


『....大丈夫か』


と案の定気遣って来た伸兄の顔を見れない
こんなに疑って悪いと思う罪悪感か、やっぱり"絶対に私を離さない"という甘えから来るわがままか
結局


『....関係ないでしょ』


なんて強がりを言ってしまう
何やってんだろ....
"好きな人の前だとドキドキして素直になれない"とかじゃないんだから
....霜月さんってそういう事なのかな


『俺が代わりにお前の

『いいってば!二日酔いで仕事休むとか出来るわけないじゃん』


急いで髪を結ってドタバタと宿舎を出た背中に、"本当に体調を崩してからじゃ遅い"とか、"厳しいようならすぐに誰かに言え"とかって言葉を投げられてたと思う





というのが、つい昨日の事
実はあの後の当直で当直監視官の霜月さんと、東金さん、それから雛河さんとで夜現場に出た
一般市民からの通報で路上で男女が殴り合っているとの事だった
駆けつけると、浮気しただのしてないだので所謂"痴話喧嘩"
まさか外に出ると思ってなかった為着て来なかったコートを、伸兄がダイムと過ごしている宿舎まで取りに戻りたくなかった
....何となく気不味いし

もともと気分が良くなかった私には真冬の寒気は厳しかったらしく、現場で1時間近く震えながら仕事をこなした
途中で異変に気付いてくれた東金さんが上着を貸してくれたけど既に手遅れで、公安局に戻った時には自分で歩く事すらままならなくて
そんな私を支えながら、エレベーターに乗って宿舎の玄関まで帰してくれたのは東金さんで、伸兄にその身を引き継がれてからは押し寄せた安心感に意識を手放した

今日は伸兄が常守さんに連絡してくれて、私の穴を埋める為に連続で当直をこなした優しい夫が帰って来たのが今


「全く....ここまで自分を追い込んで、何してるんだ」


きっと私は弱り過ぎていた
自分で解消しない道を選んでいるとは言え重いストレスに耐えながら、お酒も飲みすぎて、スーツ一枚で真冬の中強がって凍えて

風邪ってこんなに辛かったっけと思うくらい力が無い


「欲しい物はあるか?」


ベッドで寝る私の真横に腰掛けて、手元では薬を用意しながら問われた質問


「....放っといてよ、ゴホッ」

「それ以外の要求にしろ」





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