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「もっと大きいのが良い!」

「重過ぎる、運ぶだけで一仕事だぞ」

「じゃあホロにすればいいじゃん」

「ダメだ、植物のホロなど意味が無い」


私は横で用意してくれたサンドイッチを食べながら、伸兄はタブレットでモミの木を探している
所謂クリスマスツリー

あれから、写真撮影を近々には期待出来ない事からクリスマスは一緒に"パーティー"をしようと言ってくれた
私が伸兄の誕生日にしてあげたように、飾り付けたや食べ物の用意までダイムと家族で過ごそうって

それならクリスマスツリーは絶対欲しいと私が言い出してこうなっている

今時本物の木なんて殆ど無いし、この部屋にある"趣味"達も見かけによらずそれなりの値段だったらしいけど、覗き込む画面の中の数字にギョッとする
....ダイヤの指輪とか買えそう
と思っているにも関わらず、遠慮せずに"大きいのが良い"とわがままを言えるのもやっぱりここだけ


「それに片付けも

「片付けなくて良いよ、来年からクリスマスが無くなるわけじゃないでしょ?」


ソファの上、パン屑を溢さないようにプレートを片手で持ちながら首元から香る香水が分かるくらいの距離

あんなに落ち込んでたのに、こうやって的確に欲しい物、欲しい言葉を与えられてもう数分前の事ですら忘れかけてる
上手く操られてるようで、それがただ同時に伸兄の自らの欲にも一致しているのが結局私達
"私が落ち込んでいたから"クリスマスの提案をして来たんじゃない
自分も欲しいから


「来年もその先も、ずっと必要になるんだから片付けないで置いておこうよ」

「....そうだな」


そう眉を落として微笑んだ表情にどうしても幸せを感じる
本当によく笑うようになったな....
お父さんが亡くなってから変わったんだと思うけど、それに関しては少し複雑に思う
だってそうじゃなかったら、今もあの"お堅い"ままだったかもしれない
まぁ、それはそれでこれと言った不自由も不満も無かったし、むしろ今の八方美人ぷりの方が


「ねぇ、」


"これにするか"とおよそ2メートルの鉢植えをカートに入れた横顔に人差し指をそっと押し込んでみる

前はずっと眼鏡をかけてたんだっけ
無い方がかっこいいとは何度も言って来たけど、いざこうなるとちょっと恋しいかも
襟足もほんの少しだけ伸びて来た?
半年くらいすれば波多野さんみたいに結べるようになるかな?
嫌そうにしておきながら、結局は聞いてくれるのは昔から

やや煩わしそうにして振り向いた瞳は綺麗


「なんで私なの?」


血の繋がりも無く突然家族に入って来て、同じように自分の両親に愛された
幼い子供ならそれに不公平さや嫌悪を感じてもいいのに
それどころか、両親を失くし酷い差別を受けてもめげななかった挙句に私を守ってくれた
伸兄からすれば、"言う事を聞かない手のかかる子供"だっただろうに見捨てる事すらしなかった
法律上ただの居候だった私を

客観的に考えて普通じゃない
いつの間にか当たり前だと思っていた全部が、実際は本当の兄妹にも難しいはず

約25年
愛してくれて結婚までした
未だに"浮気してるでしょ"とかって呆れられるような言動をとってるのに、全く離される気配もしない

どうしてその全てを私にくれるの?
それこそ、どうして霜月さんじゃないの?

確かに今までプレゼントをあげたり、喜んでくれるよう努力をしたりして来た
でも伸兄に与えられた物と比べれば、私が与えたのは塵も同然
それに、もちろんそんな無機質な理由じゃないけど、論理的に考えれば私は伸兄には感謝しきれない程の恩があって、その存在を大切に思うのは当然と言えば当然
反対に私はひたすら苦悩させて来て、大切に思われるべき根拠は無いのに

なんて今更過ぎるような根本的な疑問を込めて交わらせる目線

何を言われるんだろう
どう返してくれるんだろう

そう半ば期待を含んだ想いは




「....さぁな」




呆気ない言葉に踏み潰されたと思った



「え...?な、なんか無いの?意外と優しいからとかさ、可愛いからとか....」


自分で言いながら、何言ってるんだと逃げたくなる私にはっきり告げられたのは否定を示す


「無い」

「.....」

「お前に対する感情に理由や原因なら無い」

「...なんで...?どういう事?私がお父さんが連れて来た来た人だから?」

「違う、お前がどうであろうと関係無いからだ」


....関係無い?
霜月さんのバースデーカードの件と同じくらいの衝撃に戸惑いを隠せない
今どんな顔をすればいい?
どうしてこの状況で抱き締められてるの?
気付かない内に離していた距離を詰めるように

肩越しに見える景色には揃えた前足に頭を乗せたダイム


「はぁ...勘違いするな。お前が醜い外見をしていようが、酷い性格だろうが、それは俺やお前を変える基準にはならないだろ。何がどうなってもお前はお前のままだ、違うか?」

「でも

「"でも"は要らない。だから余計な事は考えるな」

「....そんなの、無条件過ぎるよ!私が明日急に3倍に太っててもいいの!?」

「そしたら菓子類は徹底的に禁止にするぞ」

「そういう話じゃ


抗おうとする私に伸びて来た指輪が光る左手は、その手袋の布地越しに私の前髪を掻き分けて
引き寄せられながら額に落とされた優しい口付け


「愛している、それだけだ」

「....もう....」

「飾り付けは何が良い?」


そう再びタブレットを手にした画面には、もみの木をクリスマスツリーに返信させる色とりどりな装飾の数々

もどかしく恥ずかしいのが私だけみたいで、口を結んだその時だった

鳴り響いたデバイスの着信音は私じゃなくて動かないでいると、手にしたばかりのタブレットを再度脇に置いて着信に応じた伸兄


「どうした?」

『鹿矛囲桐斗が見つかったわ、早く来てちょうだい』





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