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青白い光に包まれる分析室
"鹿矛囲桐斗が見つかった"という報告で伸兄と一緒にやって来たこの部屋に、少し前に急いだ様子で入って来た六合塚さんと雛河さん
....そういえば雛河さんとまだ一言も話した事無いような
会議中でも滅多に発言しないし、前に一度大量にサプリを飲んでるところ見て驚いた経験がある
特段別にコミュニケーションが得意でもない私は、さっきも礼儀程度に会釈をしたけど同じ動作を返されただけ
何歳かも知らないな...
休みは何をしてるかだとか、趣味や私生活も全く分からない
まぁどうしても知りたい程興味があるわけじゃないけど
「列車が退避中の地下エリアで、排水施設が破壊された」
「暴走させ全列車を誘導。隣接エリアの汚染水を利用し孤立させた」
「シェルターのおかげで水没は免れているが....」
「排水できない以上、乗客の脱出は不可能よ」
「....自分達ごと閉じ込めた。その狙いは何だ...?」
地下鉄か....
もう懐かしいな....
少し前までは普通に乗ってたのに
今じゃ外の空気を吸ったり、太陽の光を直接浴びらるのもここ公安局のベランダか事件で外に出た時だけ
友達と出掛けたり、自分で勝手に外出したり
時には豪快にタクシーに乗ったりしたけど、やっぱり電車は日常だった
何事も無く安全に目的地まで運んでくれる
旧時代には痴漢とかあったらしいけど、それもシビュラが監視するこの社会にはもはや都市伝説
そう思ってたのに....
「一人一つはドミネーターを持ってるでしょうね....あんな閉鎖空間じゃ不安とストレスですぐに警報域になりかねないわ」
まるで武装集団
緑色のマントを羽織った"地獄の季節"に恨みを持つ人達
もし私もあの場にいたら....
パニックに陥るのは確実だったかも
「常守には?」
「それがね....残念なお知らせなんだけど、親族が事件に巻き込まれているからって局長から待機命令が下ったのよ」
「理屈は分かるけど、鹿矛囲が姿を表したこんな時に....」
そう声にした六合塚さんの唐之杜さんへの親しい口調は、私にはまだ違和感に感じる
二人って普段どんな話をするんだろう....
「だから正直私もちょっと不安だけど、今回は美佳ちゃんが筆頭監視官」
「じゃあその霜月はどこだ?」
「いくら私が情報分析の女神だって、何でも知ってるわけないじゃない」
確か"調べたい事がある"って現場からは二足も先に局に戻ったはず
と思い出して何かを言いたいんじゃなくて、むしろ会いたくはない
来ないでくれていい
それじゃ仕事にならないとは分かってるけど....だって嫌なの
「休憩室で見かけた....です」
「着信も取らないわね、悪いけど翔君呼んで来てくれる?」
「は、はい」
....もういっそお互いに面と向かって"嫌いです"と言い合えた方がすっきりしそう
さすがにそんな事実際にはしない上に、実はこの間の"霜月さんが伸元に怒られた"事案で少し可哀想だとはどことなく思ってる
伸兄がどう思おうと、当事者である私は霜月さんに責任は無かった事だったと感じてるから
....いやいや
それでも極力関わりたくない感情は変わらない
その原因が伸兄への態度や好意を寄せているような行動か
又はあの時不必要な引き金を引いたからか
もうどれがどうだかも分からないけど、とにかく積み重なった食わず嫌いな嫌悪感
そんな、あんなに避けようとしていた摩擦を起こした張本人である伸兄を見てみると驚けるくらい普通
この数日もそうだったけど、霜月さんとの気まずさがまるで無い
それだけどうでも良いって事なのかな....
相手を上司として気を遣ってる割には酷い
「あら?あなた達クリスマスパーティーでもするの?」
「なっ、勝手に人の個人情報を探るな!」
その声に顔を上げると、鹿矛囲桐斗に関する事柄で埋め尽くされていた画面の一角で表示されているのはモミの木
「弥生は誘われた?」
「覚えは無いわ」
「名前ちゃん、行っても良い?」
「え、えっと....」
相変わらずクールでセクシーな唐之杜さんに向けられた視線
確かにパーティーなら人が多い方がいいとは思うけど....
家族だけで過ごすと思っていた
「やめてくれ、大勢で祝う程の物を用意するつもりは無い」
「いつまで経ってもケチな男ね」
という言葉の前に表示されてる木の値段は、とても"ケチ"が似合うような数字じゃない
「余計なお世話だ」
「だいたい私は名前ちゃんに聞いてるのよ。可愛い妻が頷けば、あなたも首を横には振れないでしょ?」
額に手を当てて深く溜息を吐いた伸兄と、向けられた期待
唐之杜さん達が来るのは嫌じゃない
皆で盛り上がってきっと楽しいはず
「私は....
どうしようか
早めに帰ってもらって"二次会"をするのもいいかな
でもあの様子じゃ伸兄は嫌そう
元々そういう宴会の類は好きじゃないから
「出来れば
「全員すぐに出動の準備をして下さい」