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「....東金執行官は?」

「....私が探しておきます。5分後に地下駐車場に集合して下さい」


そうまた嵐のように出て行った霜月さんの顔を、私は出来るだけ見ないようにしていた
完全に背けるのは悪いかと少し目線を落として、パンツスタイルの足元を遠く見つめて

自業自得でしかないけどいつまでこうしてればいいんだろう
二係が復活したら戻ろうかな....

六合塚さんや雛河さんがそれぞれ上着なりを取りに行くために開かれた扉へ歩んで行く背を追いかけようと
踏み出した身体は何かに引っかかって進まない


「...行かないの?」


それが伸兄の手だと気付いたのは、疑問を発そうとしていた最中に縮まった物理的な距離から


「お前はここに残れ」

「....え?なんで?」

「唐之杜も助けは必要だ、そうだろ?」

「そうねぇ....」


その言葉に振り返って、ついつい谷間に行ってしまう視線を矯正する


「これと言った事は

「唐之杜、頼む」


...."頼む"って何?
助けが必要であって欲しいって事?

引き止める為に肩に置かれた手がそのままで、少し前なら払い除けてた
バースデーカードの事隠されて、知らないって"嘘"を吐かれて
どんな優しさも要らないと跳ね返した

でもまだ終わってない
結局じゃあ今も私のデスクに隠してあるバースデーカードは何なの?
伸兄がその事実を忘れたとも取れるけど、そんな衝撃的な事、脳機能に問題があるわけでも無いんだから常識的に考えてあり得ない
霜月さんは本当に伸兄に恋愛感情を持ってるの?
自分で"好きなんだよ"と言っておきながら疑い、"どっちにしろ私達には関係無い"と振り出しに戻る

....どういう所に惹かれたのかな....
昔は難ありとされていた性格?
背の高さ?
やっぱり顔?
もしかしてこのままアタックし続けるつもり?
....それに伸兄が折れたら?

そう考えては、"奪われるわけがない"と思い知らされるような愛情を感じて息を吐く


「はいはい、分かったわ」

「な、何がですか?」

「うん?ご主人が今履いてるパンツの色」


....今、なんて言った?
パンツ?
下着の?
え?
どういう事?


「....冗談に決まってるじゃない、二人とも少しは笑いなさいよ」

「.....」

「とにかくだ名前、ここで唐之杜をサポートしろ。出来るな?」


"無視なのね..."と奥で呟かれた声


「でも霜月さんはそんな事一言も言ってない、また勝手に行動したって怒られるよ?」

「あいつの事は気にするな、お前は一緒に来ない方が都合がいい」

「....都合が良い?....やっぱり霜月さんと何かあるんでしょ!それを私に見られたくなくて!」

「名前

「仕事後にどっかに寄って帰って来るの?一緒にデートって?」

「はぁ....」

「いいよ別に!待たないで先に寝てるから!その代わり絶対起こさ、ってちょっと!やめ

「少し黙れ」


この頃良くなって来たとは言え、最近蓄積されて来た多大なストレス
それを引き戻すトリガーは随分緩いみたいで
自分でも分からない程に過敏に反応した感情
締め付けられるような体温を拒絶するように叩いたり押したりする力は、案の定無力に等しい

....もう嫌だ
なんで、私が居ない方がいいって
出来る限り側に居たいと思ってるのは私だけなの?

私が霜月さんを避けたくても伸兄はそうじゃない
なんなら近付きたいの?
私の前じゃ無理だからここに置いて?

ダメだ
また心が重くなってる
せっかく改善し切りそうだったのに....こんな事で抑えきれなくなる自分が


「....大丈夫だ、必ず無事に帰って来る」

「....え?」


....何の話?
強く抱き締められて耳元で降り注いだ言葉は、私には素っ頓狂
霜月さんを怒らせて執行処分されないようにって事?


「出来れば先に寝ないで待っていて欲しい」








それだけ言い残して置いて行かれた私は、ただ何となく立ち尽くしていた
確かに刑事課の仕事は危険ではあるけど、普段出動するだけで大袈裟な言動はしない
私ももう何度か現場に行ってるし....


「名前ちゃん、データまとめる作業は得意?」

「あ、はい、人事課で働いていた頃にかなりやりましたから....」

「じゃあこれ、さっきカメラに映ってた人達の情報。まとめてもらえる?」

「分かりました」


都合が良いって何?
私が足手纏いって意味?
執行官になってまだ1ヶ月と1週間なんだからそれは....


「何か分からない事ある?」

「い、いえ....すみません」


....違う
今は仕事に集中しなきゃ
唐之杜さんに迷惑をかけちゃいけない

久々に報告書以外のパソコン作業
渡された資料を少しずつキーボードで打っていくけど

....間違えた

アルファベットや数字キーより、バックスペースを多く叩いてる気がする
2年前まではこれくらいの仕事大したこと無かったのに

早く正確にやらないと
あぁ...また


「ねぇ、」


バックスペースに添えようとした右手に重なったのは、綺麗にマニキュアが塗られた左手


「教えてあげようか」

「....パンツの色ですか?」

「あはは!あれは冗談だって言ったじゃない!まぁ、でも予想はグレーね。無難な色しか履かなそうじゃない?」


....正直正解かも


「私が言いたいのは、宜野座君があなたをここに置いて行った理由よ。確証は無いけど、相手はドミネーターが使えない透明人間、反対に私達には正常に作動するドミネーターを敵は何丁も持ってる。そんな場所に大切な人を置きたくない、というのがご主人の考えてる事だと思うわ。....大丈夫よ、宜野座君相当強くなったでしょ?ただ、同時にあなたまで確実に守れるかは自信が無いんでしょうね」


一気に不安に襲われた私を更に押し潰すように響いた警報

その画面の先には


「...酷い...乗客へ無差別に発砲だなんて....」


どうしよう

どうしよう
どうしよう

もし何かあったら

もし何かあったら





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