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『水位が下がった!別の排水施設を利用したんだわ』

「人質が解放されたようですね」

「でもまだ気は抜けません。既にかなりの人数がパラライザーで撃たれて身動きが取れないでいるはずです」


万が一の事を考えて、現場には別で秘密裏のサポートが必要だと唐之杜さんと相談した
今二係は存在しないし、三係は局長命令で同じく現場に出動中
その命令の内容が、"既に犯罪係数が基準値を超えているであろう人質も巻き込んで列車を爆破"という物でとてもじゃないけど信じられない物だった
かと言って命令に背くわけにもいかないし、何にせよ敵はドミネーターを持ってる

ここで私が一人で現場に走り込んでも事実意味が無い
ドローンでも送るかと話していたところで思い出したのが


「本当にすみません....この間怪我をされたばかりなのに....」

「いえ、まもなく仕事には復帰する予定でしたし、了承したのは自分です。あなたが責任を感じる必要はありません」


須郷さんだった
唐之杜さんが、そろそろ脚の怪我も治ってるはずだから聞いてみたら?って
通話をかけるとすぐに取ってくれて、ざっくりと状況の概要を伝えると快く引き受けてくれた

"着替えてすぐ向かいます"と言っていた通り3分ほどで分析室の扉が開き、そこには不自由なく動けているスーツ姿の須郷さん
久々に顔を合わせた私達は、気恥ずかしいような気まずいような
なんとも言えない微妙な空気を醸し出して、おどおどと"久しぶりですね"等と挨拶を交わした

でも問題はその後
須郷さんがサポートしてくれるとしても、私達執行官だけでどうやって現場に向かうか
肝心の監視官が誰も居ない

それでも今こうして


「よく運転してたんですか?」

「車よりはドローンを操縦していました。それも今となっては....昔の事です」


隣の運転席では須郷さんがハンドルを握っている
というのも、唐之杜さんが"私に出来ない事なんて無い"と、私には全く理解出来なかったデジタル作業でなんと操縦許可を得た
後でバレたらまずいんじゃないかと言ったら、"朱ちゃんなら何とかしてくれる"って


『分かった、直ちに犯人グループの確保に向かう』


そう聞こえて来たのは"仕事モード"な伸兄の声
今は私達にも、本部分析室と現場一係の会話を繋いでもらっている
向こうは知らないし私達の声も聞こえないけど、現場の状況は知っておく必要がある

....相手はドミネーターを持ってるのに....
パラライザーでも不安な上に、もし万が一サイコパスが何かの影響で悪化してエリミネーターが適用されたら....


「残り7分で到着します、その後の作戦は」


そう右へハンドルを切りながら問いかけて来た横顔
少し前まではこれと同じ光景を常守さんがこの席から見ていて、私はそれを後ろから気にしないように努めてた


「強襲型ドミネーターでターゲットの狙撃をお願い出来ますか?これ以上は刑事課や人質に危険が及ぶと思ったらでいいので」

「分かりました」

「狙撃ポイントの捜索も、状況を見て私が手伝います」


....そう言えば、人事課の同僚の子に見せる為に写真に撮ったりしたっけ....
確か助手席に乗れるのが羨ましいだとか言われて
あの時の端末はもうどこで粉々になっているか分からないし、私ですら二度と見れる事は無い

自由だった時はそれ程重宝してなかったのに、今になって当たり前だった生活を羨む
好きな時に好きな事を好きなだけ出来た
洋服を買いに出かけたり、特別な日には一緒に外食をしたり
もちろん"伸兄の常識"の範囲内でだけど、今はダイムのドックフードの購入ですら監視官からの許可が必要

霜月さんの事でも頭が痛い時に
やっと行けると楽しみにしていたウェディングフォトの撮影もいつになるか分からない
誰にでも怒りっぽかった性格が反対に誰にでも優しくなったのはまだ良いとして、どうも常守さんに対しては必要以上な気がしてしまう

私と伸兄の為にたくさん努力をしてくれている事を考えると妥当だとは分かってるけど、なんだかな....
もはや姓と、同じ宿舎に住んでいない事と、身体の関係が無い....無いよね?
....でも私が来る前は、常守さんが当直後によく部屋に来てたとかどうとかって誰かから聞いたような
誰かが言ってたのを聞いたんだっけ...?

...まぁ、それは置いといてもこれくらいの事でしか私との違いを見出せない
....なんて、私は特別扱いされてると感じたいのかな
きっと誰に打ち明けても、"そんな事ない"と返されるだけ
"充分に愛されてる"って

それは分かってる
ただ....
この気持ちをどう言葉に表せば良いのかも分からない
嫉妬か
わがままか
独占欲か
どれも違うようで、どれも正しいような気もする





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