▼ 321

「....何があったんだ?」

「事件は無事終わりました、鹿矛囲桐斗が再び現れる事もありません」

「....そうか」


戻された監視官権限と同時に現れた常守は、どこか落ち込んでいるような
落ち着き過ぎているような
そんな感覚がした

あの後名前には"義手は盾じゃない"などと文句を言われ、その溢れ続ける涙を止めるにはかなり時間がかかってしまった
それ程心配してくれていたと考えると微笑ましい事だが、まだ仕事は終わっていない
須郷に礼を言うと共に、車に戻るなら連れて行ってくれと名前を渡した

完全なる本意では無かったが、もうこれ以上須郷に私的感情を抱いていても仕方ない
あいつには悪意も何も無いどころか、むしろ良くやっているのは誰もが認める事実だ
....とは言え、六合塚がついて行ったのを見て少しばかり心が軽くなったのも否めない


「宜野座さん....義手はメンテナンスに?」

「いや、新しく作る良い機会だと思っている。申請を許可してくれるか?」

「もちろんですよ、早めに提出して下さいね」


"じゃあお疲れ様でした"と自分の車に向かって行った背中は、どうも不安を煽る
確かにサイコパスはクリアだったが何か抱え込んでいるんじゃないかと、数秒見つめるように見送るも、別の車から出て来た六合塚にすぐに気を取られた

結局俺の気遣いも中途半端な物だ
タバコや家を引っ越さなかった事に関しても、"どうせ言ったところで聞かない"と妥当な理由を付けて必要以上には踏み込まない
何度"もう迷惑は掛けない"と誓っても、より大切な存在を前にしては無力


「少し前から眠っています。相当なストレス負荷がかかっているようですね」

「サイコパスを計測したのか?」


窓に寄りかかるようにして目を閉じている表情を、ガラス越しに確認する
まだ涙の跡が差し込む街灯の光に反射して、くっきりと顎まで伝っている

居ない方が都合が良いとは言ったが、今回の件に関しては名前が動いてくれていなかったら刑事課は全滅しかけるところだった
そこに須郷の狙撃の腕も相まって、三係と共に俺達は今もこうして生きている
詳しい話はまだ聞けていないが、協力してくれていたと言う唐之杜にも後でしっかり礼を....


「大人になり過ぎても良い事はありませんよ、宜野座元監視官」

「....な、何だ、いきなり」

「私達は"宜野座監視官"が嫌いだったわけじゃありません。今は今で素敵だと思いますが、もっとなりふり構わなくても誰も異議は唱えませんよ」


....昔の俺はなりふり構っていないように見えていたのか


「名前さんの特権は、ちゃんと守ってあげるべきかと。せめて、常守監視官を特別扱いするのはやめておいた方がいいですよ」

「....常守?俺は

「そこから先は本人に言ってあげて下さい。私達は分かってますので」


そう上着のボタンを閉め直しながら何か知っているような口ぶりの六合塚
....名前が常守について話したのか?


「客観的に明らかでも、渦中に居る人物にはそうでない事もあります。特に近頃は霜月監視官の事で納得がいっていない様子でしたし、必要以上に繊細になっているみたいですよ」

































ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『報告は以上です』


聞こえて来ていたのは東金執行官の死亡を確認したと言う霜月さんの声

鹿矛囲は死んだ
東金も

....そしておばあちゃんも


「っ....」


目を閉じなくても思い出される遺体の画像

東金朔夜の声

"あーちゃんあーちゃんと、呼び続けていたぞ"


「はぁ、...ぅ...」


おばあちゃん...

"あーちゃん"

おばあちゃん


色相はクリアなまま崩れそうな心を抑えながら、どうやって公安局に戻ったかも覚えていない

気が付くと地下駐車場で一人
ハンドルにうつ伏せていた

どうして....
どうして!

そう思いきり叩いてしまったクラクションが、私の目を覚ますようにコンクリートを跳ね返す

....こうしていられない
家族を失っても仕事も、この街も、誰も待ってくれない
両親にすら顔を合わせられない
....だっておばあちゃんは、私のせいで巻き込まれて....

....報告書を書かなくちゃ
鹿矛囲桐斗の件、地下鉄での事、東金朔夜の死
やる事は山積みで

下ばかり向き続けてエレベーターに乗り込んだ

刑事課フロアである41Fのボタンを押して、これから先の事に拳を握りしめる
おばあちゃんのお葬式
霜月さんも手伝ってはくれるけど、事件の仕上げや東金朔夜についての一係への説明
"局長"からの呼び出し

....もう嫌だ
少しだけでいいから全部投げ出して、"温もり"に触れたい
何の不安や悲しみも無い、ただどこまでも温かな空間が欲しい

でも仕事がある
それに、自分を忙しくしていれば忘れられるかもしれない
....ってそんな、おばあちゃんの事を忘れたいはずがないのに...

私は

私....


「....常守?まだ帰っていなかったのか?」





[ Back to contents ]