▼ 322

眠る名前を起こさないように、わざわざ他の執行官が全員去ってから車を降り、宿舎の寝室まで抱え上げた

よっぽど緊張状態にあったのかちょっとやそっとの事では起きる気配が無く、とりあえず上着やらスーツやらを脱がしてパジャマに着替えさせた

穏やかに眠る様子を確認してから俺もシャワーを浴びようと、脱衣所でスーツを脱ぎ捨て頭からお湯を浴びていた頃
纉の会合現場へ向かう前に名前が"デスクにマグカップを忘れた"と言っていたのを思い出した
あれから俺の知る限りでは一度もオフィスには立ち寄っていないはずだと手短に入浴を終わらせ、元々着ていたワイシャツとスラックスを再び纏う
....少し戸惑いはしたが、数分だけなら問題無いだろう
オフィスに行くのに万が一誰かと遭遇して部屋着なのは気が引ける


まだ髪が乾ききっていない状態で乗り込んだエレベーター
数字が少しずつ減少して行く中で思い出すのは六合塚の忠告

....どうしろと言う?
六合塚が示唆していた通り、俺は常守を特別扱いしているつもりは無い
あくまで"先"を経験した元先輩として、誰が見ても求められている以上に無理をしている上司を同じ人間だと認識しているだけだ
自分で掛けている迷惑を出来るだけ相殺したいという思いもあるが....

間も無く到着した刑事課フロアで、廊下にのみ灯った明かりが差し込むオフィスに入る

全体を見渡せるように置かれた奥の二つの席
俺も約2年前まではそこに居た
その日々は確かに充実した物だったが、自由が効かなくなった今の方が俺は幸福を感じている
....それも、名前がもう少し落ち着いてくれればいいんだが....

隣のデスク上に見つけたマグカップを手に取り、早く戻ろうと再び廊下へ出る
エレベーターホールで上へ行くボタンを押して、見つめる画面
そこには"1"から上昇して行く数字
....駐車場からか?
こんな時間に誰だと思ったが、その答えは数秒後に開かれた扉から明らかとなった


「....常守?」


そこには今にも崩れそうな顔を一瞬見せた元後輩
現場でも妙な様子だったが....


「まだ帰っていなかったのか?」

「あ....いえ」

「まさかまだ仕事をするつもりじゃないだろうな?」

「まぁ....」


降りて来ないと判断して乗り込んだエレベーターは、やはりどこか重い空気をしていた
とりあえず執行官宿舎のある50Fを選択して、普段より小さく見える上司を見守ってみる

....そういえば、東金はどうした?
任務中に突然俺達とはぐれ、帰りの車内にも居なかった
名前の事に思考を費やしていた俺はすっかり忘れていたが、考えてみると不可思議だ
逃走したのか...?


「宜野座さん、お風呂上がりですか?」

「....分かるか?」

「分かりますよ、私この匂い結構好きです」


たった今48に切り替わった数字を見て抱いた違和感

50F以外に行き先が選択されていない


「....大丈夫か?」


開かれた扉を閉じないように抑えながら、半分だけ身を出す
さすがにこのまま何事にも気付かなかったかのように去るのはどうかと思い投げかけた言葉だったが


「....大丈夫じゃないって言ったら、どうしますか?」

































ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

結局

甘えてしまった


「少し待っていてくれ、すぐに戻る」


そう寝室に入って行った宜野座さんも、久々に来たこの部屋も、相変わらず温かな愛に満ちている

名前さんが見つかる前は何度も訪れていた
それを宜野座さんがどう思っていたのかは分からないけど、こうして拒絶しないでくれるのを良い事にまたこのソファに座って

....いつ見てもやっぱり綺麗に片付いてる....
私のアパートとは大違い
それなのにちゃんと生活感があって、ただ簡素なだけじゃない
至る所に見える"二人の色"も前に来た時より濃くなっていて、そして時には征陸さんを思い起こされるような物も


「寝てるんですか?名前さん」


2分程でまた姿を表した宜野座さんは何も変わっていない
着替えに行ったわけじゃないなら、きっと


「あぁ、局に戻る道中でやや汗をかいていたから布団を蹴っていないか気になってな。飲むか?」


毎回ここでお酒を飲むのは私が飲みたいからじゃない
宜野座さんを酔わせたいから


「はい、いいですか?」


それが実は、"サイコパスはクリアだ"と主張するシビュラやどんなカウンセラーより効果があったりする


「全く、人は見かけによらないとは良く言ったものだな」


その全ての矛先である名前さんを妬みはしない
....しても意味が無い


「そう言う宜野座さんも結構飲めるじゃないですか」


こんなにも強く一途じゃ誰も奪おうとすら思えない
よっぽどの怖いもの知らずじゃなければ


「それでもまだ親父には敵わないだろうな」





[ Back to contents ]