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「母さんが嬉しそうだったのをよく覚えているよ」


お酒の力は偉大だ
元はと言えば縢君から教わった物で、あの時から考えればこうして宜野座さんと二人で飲む事になるとは誰が予想出来ただろう

当時と言えば、私と宜野座さんの関係は半ば最悪に等しかった
配属初日から大胆にやらかして、その後フォローしてくれた狡噛さんに偏るように
更に事情を知らなかったとは言え、何度失言した事か....


「その横で親父は"まだ早いんじゃないか"ってね。確かに名前は小学校にも上がっていない歳だったからな。まだ四六時中ぬいぐるみを手放せないような子供がウェディングドレスを選んでいるんだ、」


あの時宜野座さんに他人の幸せを妬んじゃダメだとか言っておいて、今私が目の前の幸福を羨んでる
おばあちゃんを失くした直後だからと言うのもあるけど、昔じゃ想像もつかなかったような柔らかい表情と、


「可愛いだろ」


言葉を前にしたら誰でもきっと酔いしれる

もし"宜野座監視官"が可愛いとか言い出したら、縢君とかは本気で心配しそう
何か悪い物でも食べたんじゃないか、って
まぁ、お酒が悪い物に入るなら正解だけど


「今でもあいつは小さい頃のままだ。どんな表情にも幼さが残っていて愛らしい」

「もう、惚気過ぎですよ」

「むしろ足りないな」


ついさっきまで、ご両親の結婚の写真を家族で見ていた遠い過去の思い出話をしてくれていたのに
また妻への愛に還る

私もそれが目的ではあるけど、ここまではっきりと愛妻家ぶりを見せつけられると


「ふふっ」


笑ってしまう


「....本当だ」

「分かってますよ、とにかく大好きなんですよね」


また一口とウィスキーを流し込んだ宜野座さんは否定はしない
でも名前さんと共に"好き"と言っているところは見聞きした事が無い
恋愛を経なかった二人だから、"好き"は何か違うのかな

正直、今私の目の前でアルコールに頬を染めている元先輩はかなり格好良くなったと思う
グラスを掴む手が義手でも、驚く程に不器用な時があっても
角が取れて丸くなった性格故か、8つも年下の私にも魅力的な男性

そんな人の上司を務めている現状にどうも心が痛んだりする


「....常守」

「はい」

「....俺はお前を特別扱いしているか?」


そう俯きながら突如掛けられた問いはあまりに虚構


「してるんですか?」

「...いや...」

「特別扱いだなんて、宜野座さんに出来るわけないですよ。そもそも名前さん以外の人間を見分けられますか?」

「....俺を何だと思ってるんだ」

「冗談です」


その底無しのような愛を見る度に、果たしてどこまで深いのか確かめてみたくなったりする


「もう2時ですね...」

「まさかまだ引っ越していないとは言わないだろうな?」

「そのまさかである以前に、飲酒運転がダメだって知ってますか?」

「....はぁ、飲むと言ったのはお前だろ」

「"飲むか"と誘ったのは宜野座さんですよ」


































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....あれ?

薄らと目を開けた先は静寂な暗闇
布団に包まっている自分の体
私いつの間に寝ちゃって....

隣に手を伸ばすも、続くのは人の体温を乗せられた事が無いようなシーツの冷たさ


「....伸兄?」


とどれだけ待っても返事が無い
....まさかまだ現場で...?

そうまだ眠気が残る体を起こしてデバイスを確認する

3:42

朝の....?ってそれはそうだ
午後4時はこんなに暗くない

メッセージも着信も何も入って無いし、何より状況が全く分からない
須郷さんが酒々井監視官を撃って、心配してた矢も刺さってたには左腕だった
....それで、"義手は盾じゃない"って
"それならいっそ全身義体にしたら?"とか言ったんだっけ....

その後は....
えっと....
須郷さんと六合塚さんとで車に戻ったけど、でも須郷さんは"手伝って来ます"って現場に戻って行ったはず

そしたら六合塚さんに、最近悩み事があるんじゃないかと図星に近い感覚を与えられた
そこで私確か、要らない事まで全部吐いちゃって
六合塚さんが温かく抱きしめてくれ...て....

....どうなったっけ....

とりあえず、ここでじっとしててもしょうがない
まずは伸兄に連絡してみ....


「っ!」


唐突に少し遠くから聞こえて来た着信音に、慌てて通話を切る
なに...?
リビングにいるの....?

疑問しか浮かばない脳で布団から出て、寝室のドアをそっと開いて見る


「.....」


明かり付けっぱなし....
伸兄がそんな事するはず無....


「....え....」






なに、これ....


どういう状況....?


なんで


なんで常守さんが....?


伸兄と2人してテーブルに突っ伏してるの?




しかも常守さんの首元には見た事のあるタオル
....寝室のクローゼットに置いてある予備の新品の物と同じ
その横には丁寧に畳まれたスーツと、よく見ると着ている物も私が持っている部屋着と同一

テーブルの上には間も無く空になるウィスキーの瓶と二つのグラス


二人とも服は着てるけど




....頭が割れそう





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