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「....今何時

「常守さんなら帰ったよ」


意識が戻り一番最初に耳にしたのがその言葉だった


「常守....」


....あぁ、昨晩は共に飲んだのか
酔いが覚めていないような気持ち悪さから、とりあえず酒を飲んだ事は覚えているが....


「名前、水を

「自分で取って来れば?」

「....どうした?」


虚ろな脳でも流石に分かる

俺が機嫌を損ねてしまったらしい

....常守か?
常守と飲んだからか?


「どうも無い、これから仕事だから急いでるの」


そうせかせかとスーツを着込みながら朝食を流し込んでいる様子を目で追う

頭痛がするな....
これほど気分の悪い二日酔いは初めてだ
俺はどれだけ飲んだ?


「常守さん、服もタオルも洗って返すって」

「服...?俺の服か?」

「私の服」


ダメだ
完全に寝ぼけている状態だ
何となく覚えはあるものの、名前の話が全く入って来ない


「常守がお前に服を借りたのか?」

「....何なの?」

「....名前?」

「勝手に貸したんでしょ!?」


途端に響いた声に目の前にいたダイムも立ち上がった
....その怒りに満ちた視線に酔いが覚めかけてくる

確か飲酒運転は出来ないと


「別に怒ってないから!いいよ服貸したくらい!前に借りた事もあるし!」


今日はもう帰れそうに無いと判断して


「良かったね!私と常守さんが大体同じ背格好で!何なら髪も同じくらい短く切った方がいい!?」

「....何の話だ?」

「....っ、もういい!仕事行くから食器洗っといて!」

「なっ、ちょっと待て!...クソ」


だるさを感じるような重い体を上手く動かせない
そんな俺に構う事無くドアへ向かってヒールの音を鳴らして行く姿を、追い掛けようとはするが


「言い訳とか要らないから!」


変な体勢で寝てしまったせいか全身が痛い
ただ遠ざかっていく声と、独特な機械音で開き再び閉まったドア





...はぁ...




1人と1匹になった部屋の中で水を求め立ち上がる


....やっぱり常守を招き入れるべきじゃなかったか....
さすがに厳しそうな様子だった故に、見て見ぬ振りはどうかと思ったんだが....
結局俺の記憶の限りでは常守が悲観的な話をする事は無かった
....と思う

自分が何を言ったのかすらいまいちよく覚えていないと言うのに

ともかく、帰れないとなった常守に確かにシャワーは勧めた
その際バスタオルや名前の衣服を貸した事も確かだと思う
どう考えても俺の服は適切なはずが無く、この部屋にはそれ以外なら名前の物しかない

....そして、そこからは一切覚えていない
まさか"過ち"は犯していないとは思うが、アルコールの恐ろしさに途端に吐き気を催す

いつから眠っていたのかも分からない
部下として、男として、人間として
まずい事をしてしまっていないか
曖昧であったり、空白であったりする昨夜の記憶から抜け出すように、台所で注いだ水を飲み干す


































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....怒らせちゃったかな


「東金朔夜元執行官は、事件捜索中に逃亡。後に死亡が確認されました」


昨日の夜、一通り宜野座さんの愛情という名の愚痴を聞いた後シャワーを借りた

どうやら名前さんは、約25年も一緒に過ごして来た人物の突然な人格の変化についていけてないらしい
それを嫉妬とするか、不機嫌とするかは当人達次第だけど

そして私は渡された新品のタオルと名前さんの衣服に身を包んで浴室を出た

異性の部屋でシャワーを浴びる
少なくともどちらか一方はその先の展開に期待をしてしまいそうなもの
お互いにお酒を飲んで、いい具合に酔った状態での出来事

実を言うと、どんな顔をしてリビングに戻ればいいのかと緊張していた
あり得ないとは分かっていてもアルコールの力は未知数だし、もしも誘われたら?
断っても承諾しても後々気不味い
ただ、モラルを無視した上での個人的な抵抗は無かった

現状恋人もいなければ、異性の友人すら皆無と言ってもいい
仕事の忙しさや祖母を亡くした事への悲哀として、心や身体に寂しさが無いと言えば嘘になる

"一夜限り"だなんて聞こえは良くも悪くもあるけど、お互いの隙間を埋められるなら悪くは無いのかもしれない


....などと、いくら酔っていたとは言え
精神的に厳しい時だったとは言え
あまりにも愚かで恐ろしい考えを持ってしまった自身を卑下しながら戻ったリビングで、宜野座さんは更に追い討ちをかけて来た


『名前....』


と呟きながらテーブルの上で倒れたように目を閉じている姿
側にはシャワーに向かう前より、水面がかなり下がったウィスキーのボトル

....女性が、それも上司が入浴していると言うのに先に寝てしまうなんて
宜野座さんらしいと言えばそうかもしれないけど
なんだか完全敗北したような感覚に、私はその目の前で残りのウィスキーに手を掛けた


「常守監視官の祖母、常守葵さんが殺害された件ですが....」


早朝に目が覚めると、向かい合った先には綺麗な寝顔があって
そうだ、宜野座さんと飲んだんだと思い出した
図々しくもお手洗いを借りて帰ろうと立ち上がると、丁度名前さんが浴室から出て来て

何と言葉を発すればいいのか分からなかった
だって、プロファイリングがどうの以前に、その表情から良くない状況なのは明らかだったから

とりあえずまずは"すみません"と添えて、服やタオルはすぐに洗って返すと伝えた
それに対して


『....そうですか』


とだけ言って寝室に入って行った背中を追うわけにもいかず、そのまま出て行ったけど....

ここ一係オフィスで再び出会った時から今までの様子を見ると、私は宜野座さんに大きな迷惑をかけてしまっているらしい


「東金朔夜が関与していたようです」


そう私を見つめて来た六合塚さんは、今朝"お泊まり"した宿舎から出た先で偶然出会って心配された
お婆ちゃんの遺体の事について唐之杜さんから聞いたのかな
相変わらず仕事が早い





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