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「名前さん、少しいいですか?」

「はい」


昨日結局自分から謝ったものの、あんなにすんなり解決させちゃって良かったのか

その後は流れに乗ってご飯を食べて
流れに乗ってクリスマスパーティーのお買い物をして
流れに乗って映画を半分まで見て

流れに乗って体温を重ねた

怒りたいわけじゃないけど、簡単に終わらせたくも無いのに
でもこうやって寄り添える距離感がやっぱり一番心地いい


「これ、ありがとうございました。お返しします」


そう廊下で手渡されたのは、伸兄があくまでも"勝手に"貸した服

正直まだ問題や山積み
霜月さんからのバースデーカードは未だに私のデスクの奥深くで眠ってるし、常守さんへの私情も解決出来てない
口では"常守も上司で他人だ"とか言うけど、どう考えても距離が近い

何かあれば"執行官として盾になる"って、常守さんの代わりに身を投げ出しそうだし
それじゃ実際私と何が違うのか


「....その、大丈夫ですか?お婆さんの事....」

「今日この後お葬式なんですけど、実はまだ両親には会っていなくて....」


その無理した笑顔に私は


「常守さんは何も悪くありません。ご両親もきっと分かってくれますよ」


としか言えない
ガラス越しに見えるデスクに向かっている伸兄なら、なんて言ったかな


「....そうですね。それと、お詫びと言っては何ですが、明日は宜野座さんと共に非番にしておきました」

「え?そんな、休みだなんて!」


そう手にした衣服と共に首を振ってみる
ただ私が機嫌を悪くしただけの為に仕事まで休むわけには


「宜野座さんと約束したんですよ。1週間って」

「....もしかして、外出...ですか?」

「はい、明日なら1日を通して付き添えそうなので。どうせなら時間は長い方がいいですよね?」


外出
写真撮影
焼肉
プラネタリウム
スケート

全部は無理かもしれないけど、それが明日...?


「....ありがとうございます!本当にいいんですか!」

「もちろんですよ。じゃあ私はこれで帰りますけど、明日朝9時に地下駐車場でいいですか?」












って、これから祖母のお葬式に行くらしい人に私は

相応しく無い顔で見送ってしまった


でもそれくらい心が躍ってしまっているのは確かで、あんなに不機嫌だった自分が嘘みたい













「少し落ち着け」

「逆になんでそんなに落ち着いてるの?」


退勤した直後から、私達はタキシードやら何やらを荷物に詰めた
クローゼットからドレスを持ち出すと、どうしてもワクワクして
中々バッグに入れられないでいる横で、伸兄は装花の手続きをしているらしい
今日の明日で間に合うのかと思ったけど、急ぎの追加料金を払ったとか


「ダイム、いよいよだよ」


もう私の脳内にはそれしか無かった
霜月さんの事も
バースデーカードの事も
昨日喧嘩しかけた事も
自分と常守さんの違いが分からないって悩んでた事も

全部全部飛んでいってしまっていた


「焼肉のお店予約した?」


ドレスを抱き抱えながら、その身体の横に身を下ろす
覗き込んだ画面の中には綺麗な花々


「どこがいい?」

「高いところ」

「....はぁ、写真撮影だけにいくら掛けたと思ってるんだ」

「そこまで払ったんだったら、もうちょっと頑張ってもいいでしょ?一緒にお風呂入ってあげるよ」

「ここは風俗じゃないだろ、そんな物で取引をするな」

「じゃあ言い方変える、一緒に入って」







寝る前に高い化粧水を惜しみなく肌に叩き込んで
私が強引に顔に被せたけど一緒にパックもして
全身に隙無くボディクリームを塗ったら"滑る"と文句を言われつつも、愛を確かめ合った











....え?




意気揚々とダイムと荷物を抱えてエレベーターを降りた先で目にした光景

流石に隠しきれない失望ごと、私は伸兄の背中の後ろに回った



....なんで



「上司を待たせるなんて、どういうつもりですか」



こんなの聞いてない

....それに今は8時57分
私達は遅れてない



「....常守はどうした?」

「担当監視官は先輩ではなく私です。今日はくれぐれも勝手な行動をしないで下さい」



....もう行きたくない
霜月さんと一日中一緒にいなきゃいけない外出なんて、オフィスで仕事してる方がマシ

せっかくずっと楽しみにしてたのに

....常守さんに騙されたの?
嫌がらせ?





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