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昼に唐之社さんに言われた事

佐々山さんの死によって狡噛さんの色相が濁ってきているとの事
セラピーも受けずに犯人探しに没頭しているとの事

...狡噛さんだってトップの成績で監視官適正が出た
つまり色相の安定度は一般人よりは高い
だから、そう簡単に潜在犯にはならない
まだ時間はあるはず

唐之社さんに、私から何か言って欲しいとお願いされたけど、何をいつどのタイミングで話せばいいのか分からない
まずは伸兄の意見を聞いてみるべきか
....いや、狡噛さんに直接メッセージでも送ってみるべきか


「名字さん、名字さん!聞いていますか?」

「え、は、はい!」

「会議中ですよ、集中してください」

「...失礼しました」


注意され改めて手元の資料に目を通すと、しばらく狡噛さんの事は頭に無かった

それくらい、私はまだ余裕だと思っていた

狡噛さんは私の中では絶対的な存在で、不安ではあるもののどうにかなるだろう
私だってショッピングモールの事件で、犯罪係数が99まで上がったけど今では20前後を維持している

監視官である狡噛さんが私なんかより弱いはずがない、そう信じていた

狡噛さんが潜在犯になるはずなど無い、と




































「こんな時でも、観葉植物の世話は忘れないんだね」


パジャマのボタンを閉めながら近付く
お風呂上がりの私には空気が乾き過ぎていた


「こんな時だからこそ...だ...って....」


こちらを振り返った伸兄は驚きと焦りが混ざり合ったような顔をしていた


「.....名前、誰から聞いた.....」

「教えてくれない伸兄が悪い。私なら大丈夫、ほら」

そう言いながら色相チェッカーをみせる
普段よりわずかに濁っているものの、規定値には程遠い

伸兄は家では眼鏡をかけない
別に目が悪いわけじゃ無いから
その上部屋着という、監視官としての伸兄しか知らない人にとってはかなりのギャップだろう

私はかけない方がカッコいいと思うのだが、本人が色相を保つ一環だと、安心できる家以外の環境では常に眼鏡をかけている


「狡噛さん...大丈夫なの?」

「.....お前には関係ない」

「なっ、それ本気で言ってる!?」


高校時代からの縁だけでなく、私が思いを寄せてる事も知ってるのに、関係ないなんてショックだ


「お前は色相が濁りやすいんだぞ!濁っていく狡噛に感化されてお前まで潜在犯落ちしたらどうするんだ!」

「じゃあこのまま黙って見てろって言うの!?そもそも、なんで潜在犯になる前提なの?狡噛さんは立派な監視官だよ?色相だって強いはずでしょ?」


伸兄は返事をする代わりにギュッと唇を噛み締めた
その様子に私はとてつもない恐怖を感じた


「.....狡噛さんが強くないとでも言うの?」


自分で発言しておきながら固まってしまう
その場に唖然と立ち尽くす

狡噛さんの潜在犯落ちに現実味がある事を突きつけられたようで、私はこれ以上無い程の虚無感に包まれた


「....お願いだ名前、この件には関わるな」


その苦しそうな声の主に、抱きしめられてると気付いた時にはもう離されていた





























「名前ー、大丈夫?」

食堂のうどんってこんなに味の無い物だったっけ

「ご、ごめん。なに?」

「....ここ数日の名前、なんかおかしいよ?何かあった?」


伸兄があれほど、狡噛さんは大丈夫だと言わなかった。
つまり、もう難しいのかもしれない。
ただの知人の私に何が出来るのか。
何かしたいのに、どうしたらいいのか全く分からなくて、結局何も出来ずにいた。
そんな自分が憎かった

あんなにも近付きたいと願ったのに、いざとなると狡噛さんのために何も出来ない。
話しかけるのも、顔を合わせるのも怖くて、一係のオフィスを避けている。
もうすでに私の知らない狡噛さんになってしまっているんじゃ無いか、犯人探しに夢中で突き放されるんじゃ無いかって。

何もできない自分が本当に無力で情けなくて、これこそ狡噛さんを好きな資格なんて無いんじゃないかと思った



「ちょっ、名前泣いてる!?」

「...え?」


言われてみれば確かに頬に生暖かい感触が


「ちょっと本当にどうしたの!私達で良ければ聞くよ?」



私悲しいの?
そう聞かれると分からない





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