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長い

1時間なんて言うんじゃなかった

30分くらいにしておけば良かった

スタジオの外、待合室のようなところで腰をかけて約40分
何度もデバイスで時間を確認しては、全く進んでいない数字

執行官の為に私が1時間も待たなきゃいけないなんて
これが無ければ私は今頃自由に休日を楽しんでたのに


あの夫婦とはいい空気を保てないし、一日中険悪な環境に居なきゃいけないの?
....やってらんない
バースデーカードの件も説明しろって、私のせいじゃないのに
あれは全部あいつが勝手に

....って、何で先輩はその事を知って....



「本当にそんな所でずっと見張っている気か」

「っ!」


その声にハッとして見上げると、普段とそこまで変わらない格好で、普段より誇張された容姿


「....当たり前です」


桜霜学園の事件の時は大した印象も無くて、正直居た事すら覚えてないのに


「....なんだ」

「え、あ....」

「似合ってないならそう言ってくれていい」

「別に....」


....バカみたい
何考えてんのよ
相手は十の位の数字が私より二つも上の歳で


「玄関先まで出るが、ついて来るのか?」


茶色い手袋の上にいつもしっかりとはめられた銀色の指輪


「何しに行くんですか」

「注文していた物が届いたから取りに行く」


"仕方なく"立ち上がって並べた肩は、身長差のせいでとても"並んだ"とは言えない
時折鼻を掠める清潔感のある香りに酔いそうな心臓に困惑する

なに?
何なのよ
なんで


「宜野座様ですね?」

「はい、ここにサインすればいいですか?」

「お願いします」


宅配業者の男性から引き渡されたのはやや大きめの箱
いつの間に買い物なんか....


「大丈夫だ、購入申請は通してある」

「....そんな事聞いてません」

「今日は一段と意地が強いな。そんなに俺達が気に食わないか?」

「....無駄話をしている暇があったらさっさと終わらせて下さい。私も暇じゃないので」

「残念だが約束は約束だ。単独行動を許可してくれない限り、最後まできっちり付き合ってもらうぞ」

「妻の為に、ですか」

「分かっているなら柔軟な対応をしてくれ」


そう言って自動販売機で何か缶を買ってから再びスタジオに戻って行った背中

....待たせてる自覚があるなら飲み物くらい奢ってくれてもいいじゃない

本当気が利かない男
































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「で?それ何?」


2分程で戻って来た伸兄に渡されたのは缶のホットミルクティー
それを指先を温めるように包みながら目を向けるのは少し大きな段ボール

....相変わらずよく見てよく気付いてくれる
室内で暖房はついているとは言え外は真冬
私はドレス一枚だし、寒いとまでは行かなくても少し冷えていた


「まずは化粧を直してもらえ」


"失礼しますね"と、塗り重ねられるリップメイク
最初にお化粧してもらった時から思ってたけど、使ってくれた物はどれも高価な物
特に口紅の色は気に入っていて、メーカーや値段を聞くと仰天した

10,200円

もちろん1万円も持ってないわけじゃないけど、口紅一本にそれは....と無かったことにした


「ではごゆっくりどうぞ」




掃けて行ったスタッフに軽く会釈をして



「....えっ、



向き直った先には



「可愛い!どうしたの!?」

「ウェディングドレスと言えば必要だろ」


丸いリースのような花...束と言えるのかは分からないけど


「伸兄のデザイン?」

「....分かっているなら聞くな」

「恥ずかしいの?」

「....いいから持ってみろ」


受け取って見ると少し重さがあって、両手で上からしっかり握る
でも装飾を潰してしまわないように

さすが庭園デザイナー1級取得者
こういう物に関してはいつもセンスに抜け目が無い
それとも私を理解してくれてるから?


「でもこれじゃブーケトス出来ないじゃん。ちょっと重いし、もしキャッチ出来ずに落としたら枝とか折れちゃいそう」

「そもそもしないだろ」

「投げるだけはしてみたかったな、結婚式の定番だよ?幸せのお裾分けって」

「分けなくていい」

「....どういう意味?」

「幸せをわざわざ他人に渡すな、お前だけの物だ」


"もう一つある"と言って再び後ろを向いた夫の横で、どうしようもなく恥ずかしいというか、嬉しいというか

ひたすらな幸福に溺れていく感覚

さっきまで憂鬱だったっけ....?


間も無く感じたのは頭に何か乗せられた感覚

花....?

































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....もう1時間経過から5分が過ぎた

なのに二人が出て来る気配が全く無い

何も出来ずに待ってる私の身にもなってよ


そういい加減居ても立っても居られず、私はスタジオへ足を踏み入れた


「あ、今は入られない方が....」

「私は公安局刑事課の監視官です!邪魔をしないで下さい」


"約束は約束だ"って言ったのは誰よ
約束の1時間が過ぎてるのに
これじゃ単独行動なんて許せるわけない


10人程で固まっていたスタジオのスタッフを強引に退けて、見えて来た光景に



「お二人ともすぐ....に....」



固まった



....最悪




見てしまったのは二人が口付けを交わしているシーン

清楚で豪華な装花を背景にまるで一枚の絵のよう

純白のドレスに身を包み、ピンヒールで押し上げられた身長を更に伸ばすように床から踵を浮かせている"部下"

その手には来た時には見なかったブーケのような物と、頭には旧時代臭い花冠

背伸びした不安定なバランスを保つように預けられた身を指輪が光る左腕で支えているのは、これもまた"部下"

大切そうに目の前の妻の頬に添えられた右手のしなやかな指に、妙な感情で奥歯を噛み締める




ようやく距離を僅かに離した二人の間には、ここからでも分かる温かな空気

何かを話してるようだけど分からない

幸せそうな名前さんの笑顔と



「っ....」


そんな顔もするのね....


これまでに見た事が無いような、柔らかで愛に満ちた微笑み

いつもただ仕事に嫌味なくらい真面目で、元監視官だからって生意気で

私にはそんな記憶しかない人物が見せた表情に、故意かと思う程に"敗北"を突き付けられた気がした




「....なんなのよ」




見てられない





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