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「欲しい!」

「もう買い物はしないと言っただろ!」


....イライラする


「知らないよ、せっかく外出してるのに!」

「はぁ....自分の金はどうした」


あの後
悔しいような、ムカつくような光景を見てしまった後
中々出て来ない二人を呼びにまた戻るのは、気まずい気がして
結局あれから更に1時間近く、私は車に戻って時間を潰していた
そうしてようやく出て来た名前さんとは未だに目を合わせられてない
逸らされてるのか、逸らしてるのか


「私は監視官じゃなかったもん、まだ貯金有り余る程残ってるでしょ?」

「俺はお前の財布じゃないんだぞ、子供の頃から総額でいくらお前に注ぎ込んでると思ってるんだ」


次に行きたいと要請された先はショッピングモール
何が悲しくて部下夫婦のイチャつきを監視しなきゃいけないの?

名前さんはやっぱり私を明らかに避けてる
それに反して一方の夫は普段通り

でもその"普段通り"な態度ですら、目の前で繰り広げられてる愛を見てしまうと、あまりにも素っ気ない物だと感じる

名前さんの手には最近流行りのタピオカドリンク
ついさっき20分近く並んで買った物
もちろんそれに私も付き合わざるを得なかったけど、私だって流行にはあり程度敏感
どうせここまで並んだんだから、私も飲もうと思っていた

上司、年下、未成年、女性、外出の同伴
どれをとっても、宜野座さんが奢ってくれる理由には充分だと勝手に思い込んでたら

『お前は買わないのか?』

って、一つだけ注文と支払いを終えた後に聞いて来た
それに急に恥ずかしくなって
私は今でも両手が空いたまま、大小3つの紙袋を夫が持って"あげている"夫婦を眼前にしている


「いくらになりますか?」


またそうやって
堂々と甘やかして

今の今まで、見た事のない二人ばかり
宜野座さんがこんなに"弱い"人だったなんて
断ればいいものを、本当に可能な限り妻の言う事は全て聞き入れてる
いつもは他人の事なんて気に留めてるようで全くそんな事なかったのが見える

....そういえば体調を崩していた時も、気持ち悪いくらいに気にかけてたっけ
そんなに妻は別格なのね

そして名前さんも、普段は比較的大人しくて真面目でふざける事も無く、ただ静かにやるべき事をこなしている印象だった
それがいつの日かに見た記憶がある、何の疑いも隔たりも無くストレートに感情を表現している光景

確かもう20年以上一緒にいるんだっけ?
....私だって家族とは18年以上になるけど、そこまで親しくないわよ


「すまないな、こんなところにまで付き合わせてしまって」


そう思うなら今すぐ帰るか、何か労ってくれればいいのに


「....いえ、次はどこですか」

「昼食にしようと思っているんだが、どうだ?」


その後ろで名前さんは、夫に買ってもらったばかりの髪飾りを店員さんに付けてもらっている


「....もういいです、このショッピングモール内なら勝手にして下さい」


どうせ私は嫌われてるんだから
いない方が良いんでしょ

....と思いたいだけで、本当は自分がこれ以上一緒に居たくないと思ってる

潜在犯なのに
執行官なのに
しかも私の部下で、歳だってほぼ一回りも違うのに
私よりずっと多くの物を得ている気がした

それが羨ましい...?
女としての完璧な幸せを、この国で最も低い地位にいながら手にしてるから?

それとも単純に、その幸せを与えている男が容姿すら文句の付けようがないから?




































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なんだかんだ、写真撮影は和装も含めて2時間くらい掛かったけど霜月さんは何も言って来なかった

今もこうして伸兄と二人きりでいる

人混みのど真ん中で


「私、やっぱり嫌われてるよね?霜月さんに」


今日は特にそう感じる
これまではどちらかというと無関心、無干渉、時に高圧的といった印象だった
なのに今日はずっと避けられてるというか....
拒絶されてるような


「仕事に支障を来さなければ大丈夫だ。お前に非は無い」

「まぁ、でも今日は流石にちょっと申し訳ないかな....本当は休みだったんでしょ?」

「それも監視官の仕事の内だ」

「....昔、全然休み無かったのはそういう事?執行官達の外出に付き合ってたの?」

「そういう事もあったな」

「....狡噛さんとか、お父さんとか、秀君も?」

「狡噛と親父は滅多に無かった。あいつらは部屋に篭って趣味をするか、トレーニングルームで体を動かすくらいしかしない」


まぁ確かに、お父さんは絵を描いてたし、狡噛さんはいつも読書
今頃皆それぞれどうしてるんだろう....
せめて苦しんでいてほしくは無い


「トイレ行って来るね。ご飯来ても先に食べないで待っててよ?」




とか言って席を立った私は、まっすぐお手洗いに向かって化粧直しもせずにただ写真撮影の時の楽しかった時間を思い出していた

手を洗う時に鏡の前に立って、さっき買ってくれた髪飾りと左手薬指で輝く指輪を見て全てが平穏で幸福

タキシードや紋付袴もよく似合ってて、純粋にカッコ良かった
今まではお母さんに似て綺麗な顔してると思ってたけど、最近は段々お父さんの面影も出て来た気がする


そんな事を考えながら戻った先で



「....え」



私が座っていた席が埋まっていた





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