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「いいじゃん!ちょっと遊ぼうよ!」

「だから一人じゃないと言っているだろ!」

「そうは言っても帰って来ないじゃん、言ってた5分経ったよ?」


鬱陶しい
なんなんだ

いきなり目の前に人が座り、トイレへ行ったにしては早かったなと顔を上げたが
その人物を認識するより先に、右側真横に腰を下ろして来た別の人の体温....というより"柔らかさ"を感じた

二人とも露出度の高い衣服を纏い、香水か何かの鼻につくような甘い匂いを撒き散らしている


「奥さんも遊んでんじゃない?」

「だから私達もさー」

「いちいちくっ付くな!離れてくれ!」


こんな時にスーツでも着ていたら仕事だとか、公安だとか言えたんだろうが、私服となると難しい
信憑性も無く、例え信用されたとしても、監視官ですらない俺が単独行動をしていると民衆に知られたら、厚生省や公安局より霜月が厳重な罰を食らうことになる

だが、単純にここを出るわけにもいかない
料理がつい先程運ばれて来て、まだ支払いもしていない

腕に故意のように飽きもせず何度も押し付けて来る胸に、食事を前にして吐き気すら感じる


「これ食べていい?」

「なっ、良いわけないだろ!これ以上付き纏うなら警察を呼ぶぞ」


と言う口の裏では、無駄な騒ぎは起こしたくない
それに霜月を呼んだところで、こんな馬鹿みたいな事に手を差し伸べてくれる気もしない

指輪を見せて既婚であることを伝えても全く食い下がらない精神は何だ
何故こんな奴らのサイコパスがクリアで、俺や名前は潜在犯なんだ


「奥さんももしかして美人さん?」

「そしたらやっぱりモテちゃうでしょ、ナンパでもされて付いてったんじゃない?」


実際どうしているのか分からない
女性ではお手洗いにかなり時間をかける人もいるらしいが、名前はそういうタイプじゃない

気分でも悪いのかとデバイスを開いた瞬間届いた通知
メッセージの送信相手はまさに今連絡を取ろうとしていた人の名で、躊躇無く開くと


"モ・テ・ま・す・ね"



「ねぇ、お兄さーん」


"馬鹿な事を言ってる場合か、早く戻って来い"


「カラオケ行こうよ!」


"なんで?随分楽しそうだけど?"


「2時間だけで良いからさ!」


"楽しんでるのはお前だろ"


「いやいや、3時間は欲しいでしょ!」


"いいじゃん、可愛い女の子二人に逆ナンされちゃって。見た感じ私よりおっぱい大きいんじゃない?"


「お兄さん、無視?」


"今すぐ戻れ"


「誰かとメッセージ中?」


"じゃあさっき見たバッグ欲しいな"


「おーい」


"分かった、何でもいいから早くしろ"


「聞いて

「妻が戻って来る、もう俺に構うな」

「またまたー、そう言って私達を追い払いたいだけでしょ?ちょっと遊んでくれるだけでいいって。そしたらうちの店に割引して招待してあげるからさぁ」

「金が貰えたとしても興味無い」

「お兄さんなら"本番"もありかも?」

「いい加減にしないとそろそろ

「すみませんね、夫は怒りっぽいんです」


と微笑みながら帰って来た名前の姿にようやく安堵するが、


「その腕、離してもらっても良いですか?」


目が全く笑っていない

はぁ....
この二人のどこの誰だかも分からない女のせいで、俺はまた貯金を減らす事になるのか
確かあのカバンは30万はしたような...


「うわ、マジで?」

「マジだからさっさと退いて、そこ私の席なの」


それくらい数字上は全く構わないが、何でもかんでも買い与えるのは....と親心のような心境に陥る


「どうするのか決めるのは本人でしょ!」

「あなた達、誰に手出してると思ってるの」


写真とビデオの完成は約1週間後らしい
そしたら両親の墓参りにも
....着飾った俺達を見てどう思うんだろうか
確かに綺麗なのはもっともだが名前だけじゃなく、せめて息子である俺にも目を向けて欲しいものだ


「男なんて所詮若くて可愛い子がいいに決まってんじゃん!あんたみたいなおばさんじゃなくて!ねぇ?」

「....ちょっと、なんか言ってよ。何ヘラヘラしてんの?」


そう途端に刺された視線に、"お前の晴れ姿を思い出していた"などとは言えそうな雰囲気ではない事に気付く
横では相変わらず押し付けられているような感触

....一体何がどうしてこうなってるんだ
周りの人間も何も気にせずに各々食事をしているのが、この日本における新時代らしい光景


「私が来たからって全部私任せなの?それとも本当は

「名前」

「え、なっ!」


もうこの際どうでもいい
この面倒で下劣極まりない状況を抜け出せるなら

右隣にいた女を振り払うようにして立ち上がった先で引き寄せた体からは、まだ微かに残った花々の香り


「何が欲しい?」

「え?」

「君達は俺から何が欲しかったのかと聞いてるんだ」

「だから、ちょっと遊ぼうって....っ」

「何をどう遊ぶつもりだった?」

「そりゃ"楽しい事"を....」

「それは妻も一緒に楽しめる事か?」

「.....」

「そうじゃないなら全て断、っ、おい!待っ



突然首元に感じた引力により無理矢理少し屈めさせられ

強く雑に触れて来た口付けに頭が追いつかない



「何を

「こういう事でしょ!こういう事がしたかったんでしょ!」


俺に抱き付いたまま放たれた言葉に、


「"本番"って、聞こえてたから。あなた達みたいなのに渡すわけないでしょ、夫は私だけのものなの!」


女二人は所謂ドン引きの顔だ

もう食事どころではないな


「分かったら早くそこから

「もういい、そこにある物は全て君達に譲る。料理も紙袋の中身も好きにすればいい」

「は!?....何勝手に!

「その代わり、妻にはここで謝罪をしろ」

「キャッ!」


"ユーザー認証、宜野座伸元執行官、公安局刑事課所属、使用許諾確認
適性ユーザーです。
犯罪係数、アンダー60。執行対象ではありません、トリガーをロックします"

やはりドミネーターは常に携帯するのが正解だな
銃として機能せずとも十分な用途がある





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