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『先輩!』


って聞こえてくるはずのない声が突然聞こえた物だから驚いた
宜野座さん達の外出に同伴させた霜月さんによると、二人が問題行動を起こしたから帰って来たのだと言う

嘘ではないんだろうけど、信じられもしない
だって、あの二人が問題を起こすなんて考えにくい

....でも霜月さんとはまだ相性が良くないからそれで摩擦が?

と思ったら、勢いよく押し付けられた話は全く違う物だった
宜野座さんが何の罪も無い一般市民にドミネーターを向け、反省の色も伺えないらしい

こんな時に同じ監視官であるはずの霜月さんの話は上手く飲み込めず、"事情があったんだろう"と宜野座さんの肩を持とうとする私はいつまで経っても霜月さんには受け入れて貰えないのかもしれない


「本当に良いのか?」

「もちろんですよ、だって問題は無かったんですよね?」

「あぁ...それはそうだが....」

「宜野座さんは私の尊敬する先輩監視官ですよ。執行官である今でもそれは変わりません。そんな宜野座さんが"問題無い"と言うなら、私はそれを信じます。それに、名前さんもその場に居たんですよね?」

「は、はい」

「なら大丈夫ですよ」


ミラーで確認する後部座席の二人は戸惑いながらも嬉しそうなのは明白で、一方で隣の助手席には口を尖らせた霜月さん


「....私は知りませんから」


報告を全て聞き終えた後、私はなるべく急いで雑務を切り上げ、宜野座さんと名前さんに連絡を入れた
"1時間後に駐車場に来て下さい"と

その1時間の間に残りの仕事を片付けて、霜月さんを引き連れながら再会した二人は妙な空気だった
宜野座さんは私を見るなり申し訳なさそうな顔をして、名前さんはどこか腑に落ちていないような

何にかは分からないけど


「気にしないで、責任は全部私が負うから。それより、焼肉しか行かせてあげられなくてすみません....本当はプラネタリウムとかありましたよね?」

「むしろ焼肉に連れて行ってくれる事すら期待していなかった。....今日は葬式だったんじゃないのか?」

「朝の内に終わりましたよ。私は大丈夫です」


"....何で私が"と時々溜息混じりに呟いている霜月さんをも連れて来たのにはちゃんと理由がある

東金朔夜死亡につき、身辺の整理を行っていた時偶々目にした購入申請の履歴
その中の一つに見覚えがあった

そう、少し前にオフィスで名前さんがデスクに入れていた物と同じで、履歴の詳細から見るとバースデーカードだった
あんな風に見ていたなら自分が送る物じゃなくて、誰かから贈られた物
でも名前さんの誕生日は近頃じゃないはずだし、どちらかと言うとつい最近宜野座さんが誕生日だったはず
デスクに仕舞った時の浮かない表情とその推理が重なって、何かまずい物なんじゃないかと気になって実はオフィスで一人になった時にこっそり取り出して見た

東金朔夜が本当はどのような人物だったのか知ってる私には、それがどういう意味なのか理解するのに長くはかからなかった

そこからは全て辻褄が合い始めた



駐車を完了させて、ハンドルから手を外す

辿り着いたのは、高層階にあり東京を見渡す夜景が綺麗だと有名な高級焼肉店
名前さんが選んだのかな


「お二人で行きますか?」

「は!?先輩!何言って

「せっかくなんですから、どうぞ楽しんで来てください。私達はいくらでも待ってますから」


当然二人きりにさせてあげたいという気持ちはあるけど、ただ単純にこんな高いところ....監視官としての給料はかなり貰ってるとは言え庶民の感覚が無いわけじゃない


「....全く、これ以上借りを作らせないでくれ。年長者として会計なら俺が払う。だからお前達もたまには息抜きをしたらどうだ?監視官はそう楽な仕事じゃない」

「そうですね....」


こういう時、すぐに気になってしまうのはやっぱり名前さんの顔色
誰よりも絶対に敵に回すべきじゃない人物
特にもしここに狡噛さんもいたら....
そんな意味では"局長"より名前さんの方が怖いかも


「....じゃあお言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
















「すごい!見て!」


スーツ姿の私達監視官二人と、相変わらずシンプルだけど上品でよく似合ったセンスが似ている夫婦と共に入ったのは窓際の個室

早々に窓に張り付いてはしゃぐ名前さんに、宜野座さんはまずそのマフラーやコートを外してあげる
為されるがまま身軽になって行きながら、"前住んでたマンション"等と人差し指を向けて、そこを見るように夫を促す

大人しく席に着いた私達を置いて、二人で思い出を辿って行く姿が微笑ましくて

それを暖かく幸せだと感じるか、妬み虚しく嫌味を感じるかは人によると思う


「....先に注文したらどうですか」


霜月さんはお腹が空いてるのかな





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