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「名前、もう後にしろ」

「ちょっと待って」


気分が複雑過ぎる現状

目の前にはお互いに目を合わせないようにしているような霜月さん
美味しそうな匂いを漂わせる焼肉
唐之杜さんに打ち明けた不満と自信の無さ
約束してくれたバッグを買うためにブラウジングしてるタブレット

嬉しい事と嫌な事が交互に絡まり合って、笑いたいのか悲しみたいのかも分からない

霜月さんと常守さんは今どんな気分で一緒に焼肉を食べてるの?
一方は伸兄の誕生日にバースデーカードを送って、食事にまで誘った
もう一方は伸兄がかなり気にかけている人物で、前には二人でショッピングにも出掛けたし、この間は私が寝ていた部屋の壁一枚向こうで一緒に夜を呑み明かしてた

二人とも若くて、監視官というエリートで
特別容姿が整っているわけでも、唐之杜さんみたいにグラマラスな体付きでも無ければ、成績トップの優秀さも無い私には勝ち目なんてまるで皆無

....奪われはしないのは分かってる
ただ、いつもこんな惨めな思いをするのは嫌だ
例えば私が側にいる妻として物凄いオーラを放っていたら、誰も試そうともしないよね?
こんな小物だから女の子達に相手にされない
そりゃ確かに私が昼間の女の子達や、今目の前にいる二人の監視官だったら、客観的に私自身を見てもそれを理由に伸兄を諦めようとはしないかも


「写真撮影はどうでしたか?」

「ダイムが一番楽しんでいたな」

「ふふ、出来上がったら是非見せて下さいね」


....伸兄の外見が体型や身長、顔も含めてかなり優れているのは事実として昔から分かってる
でもそれ以上の事をわざわざ考えた事が無かった
小さい頃は差別を受けていたし、学生時代はあの性格から基本的には引かれていた
ごく少数面食いの女の子だったり、実際に話したり接した事がない一部の人からは好意を寄せられていたみたいだけど
それは社会人になってからもあまり変わらなかったけど、"監視官"というタイトルで前より多くの人を引き寄せてたかもしれない
私が人事課にいた頃の同僚達みたいに

それはまだいい
実際当時伸兄は彼女がいたわけでも何でもなかった
むしろ私が、"そのままだといつまで経っても"とちょっと心配していたくらい
....そこからは狡噛さんとの事で心が乱れに乱れて、ここまで辿り着いたわけだけど
本当にまさかこうなるとは全く思ってなかった

....もしあの時狡噛さんを選んでいたら、今頃一人ここに取り残されて、虚しく悲しむ姿を伸兄に押し付けていたかもしれない


「あまり人に見せるような物じゃないと思うが....」

「見せたくないんですよね」


伸元となっちゃんの事の時、ショックだった自分に相当驚いたっけ....
他の人に目を向けたところを見たことが無く、"妹"の私をうざったいと思われながらもずっと一所懸命に育ててくれた
会話をする事はあっても、あんなわざわざ一緒に食事とか、家まで送るとかあり得なくて
まぁ実際色々違ったわけだけど....

問題は今、私は兄の将来を心配する妹じゃない
結婚して姓を重ねた歴とした妻なのに
夫となった男性は昔よりも人目を引いているらしい

私もこのままじゃダメって事....?
事あるごとに見下されて、釣り合って無いと思われてる?


「....なんだ?」


焼き上がった肉を一枚私の皿に置いてくれた横顔を覗き見て目が合う

本当に優しくて綺麗だったお母さんの生き写しみたいで、端正という言葉がよく似合う


「....もうちょっとブサイクにならないの?」

「....どういう意味だ?」

「....何でもない」


































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「水貰ってくるよ」


そう言って、"俺が行く"と止めた宜野座さんの言葉には耳を傾けずに個室を出て行った名前さん
終始不安定な表情を見せていた様子から、私達はやっぱりご馳走になるべきじゃなかったのかもしれないと思考する

霜月さんもまだバースデーカードの事を切り出せてないで黙り込んでいて、何だか個室全体の空気が焼肉の煙と混じって淀んでいるようだった


「ブサイクになって欲しいって、やっぱりナンパの事気にしてるんですかね。名前さん」

「はぁ....その話はやめてくれ。思い出しただけで吐き気がしそうだ」

「女の子に誘われてそんな反応をする人もなかなか居ませんよ」


宜野座さんは確かに執行官になってから角が取れて、温厚な優しい男性になった
以前のよく怒鳴っていた姿はどこにも無い

でも、それで以て素敵な男性だと思う人にはむしろ酷な変化

前は私達のような他人には簡素で事務的な態度だった
時々怒ったりはしても、それ以外の人情ある表情は"大切な人"向けに限定されていて
そのあまりの違いに期待も何も生まれるわけが無かった

それが一転
今じゃ基本的には誰にでも優しさを振り撒いてる
私も忠告したように、いつかきっと勘違いされそうなくらいに
でもそんな勘違いの先に待っているのは、打ち砕かれていく勝手な期待

今だって、肉を焼いてはくれるけど取り分けてはくれない
自分で箸を伸ばさなければ肉は永遠に焼かれ続ける
もちろん取り分けるという行動が、宜野座さんがやるべき義務だと言いたいわけじゃない

こんな高い飲食店で代金を支払ってくれて、尚且つ運ばれて来た肉を大皿から熱の上に並べてくれているだけでも感謝しきれない善意


ただ、


「また何か注文するんですか?」

「飲み物だけだ、無くなりそうだからな」


ほら
底をつきそうな名前さんのリンゴジュースのグラスを見て、ごく自然に為される気配り
それが私達には無い

きっと、例えば肉に関してなら
"人それぞれ焼き加減の好みがあるだろ"と、
飲み物に関してなら
"何が飲みたいか俺には分からない"ってご最もな理由を付けるんだろうな
それなら一言聞いてくれればいいとは、おこがましくて言えるわけが無い

結論として無意識の内なんだと思うけど、私達への善意は全て名前さんへの愛情の"ついで"でしかない

私の精神状態などを気にしてくれていたのも、もちろん単なる心配性という性格や元先輩監視官の立ち位置から来る部分はあったはず
でもその最も大きな土台は恐らく、"妻の事で散々迷惑をかけているから"って償いの意

優しくされて、勘違いして、期待した先にはそれ以上の愛を無条件で注がれている存在
同じような気遣いを心待ちにしても気付いてくれる事はきっと無い

そんな悪循環に陥ってしまう人が今後出て来ないか心配する前に、自分がそうはならないとは断言出来ないのが恐ろしい


「ねぇ、オレンジジュース欲しい」


そう冷水が入ったジャーを手に戻って来た名前さんの言葉に、隣では"は?なんで?"と呟いた霜月さんの声

それもそうだ
だってさっき宜野座さんが注文したのは、名前さんの好物で且つ今まで飲んでいたリンゴジュースじゃなくて、正にオレンジジュースだったんだから

敵わないな....





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