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「ちょっといいか?」

「ん?珍しいわね」

「少し頼みたい事がある。雛河はどこだ?」

「翔くんならまだオフィスにいると思うけど、どうしたのよ」

「悪いが呼んでみてくれ」


公安局に戻った俺は名前と共に一度宿舎に戻り、"トレーニングルームに行く"と嘘をついた
疑われるか一緒に行くなどと言い出したら困ったものだったが、都合のいい事に名前は溜め込んでいたドラマに夢中だった


「すぐ来るって。それで?要件は何なのよ」








親父の墓参りをしていた時だった


『伸兄はさ、明らかにお母さん似だけど、私はどうなのかな』

『...そうだな...』

『娘が結婚して喜んでくれてるといいけど。伸兄はお義父さんに挨拶とか出来なさそうだよね』


何も答えられなかった
俺も名前の両親の顔は知らない
以前親戚の件で調べた事はあったが、文字列以外の情報は無かった

墓すら恐らく残っていない
作ってやれた人間が誰も居なかったはずだ


『お前なんかに娘はやらん!なんて言われたらどうする?』


と本人は笑っていたが、その悲惨な過去に俺には同情する資格すら無いように思えた





「前に名前の親族について調べただろ」

「えぇ、そうね」

「その時あいつの両親の写真は無かったんだな?」

「何よ、疑ってるの?私が見つけられなかったんだから無いわよ」

「もう一度試してみてくれ」


"絶対出て来ない"とタバコを咥えながらキーボードを叩き始めた唐之杜に、俺はとりあえずソファに腰をかけた

....何度思い返しても怒りにどうにかなってしまいそうで、例の一件以来考えないようにしていたが、全ての元凶であるあの女だけは許せない
名前が得ているはずだった温かな人生を身勝手過ぎる理由で全て壊しておいて、自分は今でものうのうと暮らしている
確かに、それが無ければ俺達は出会ってすらいなかったかもしれないが、親とは子にとってはあまりに特別な物だ
....それは俺自身がよく分かっている



『でもどっちだと思う?特に理由は無いんだけど、私もお母さん似かなって思ってる』


あいつが平気な顔をするのが余計に苦しい
名前は本当にどうも思っていないんだろうが、その理由が"覚えていないから"というのが辛辣だ


『お父さん、実はすごいイケメンだったとかなら嬉しいな』

『お前は父親に何を求めてるんだ』

『いいじゃん、"うちのパパはカッコいい"って自慢出来るし』







「来、来ました!...です」

「あぁ、翔君!ごめんね急に呼び出しちゃって。それと、今のところ収穫無しよ」

「....そうか」


今の体制が整う前に亡くなり、残った遺族は誰一人故人の情報を更新しに行かなかった
ただ一人娘が存命だという事を除いて


「雛河、」

「は、はい...!」

「オリジナルがいれば成長復元ホロを作れると言ったな?」

「難しいけど...でき、ます....」

「....あなたまさか!」

「それなら、モデルとなる人物がいればその親のホロも作れるか?」




























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「お帰り」


目の前の画面ではドラマがちょうど終わったところ
横で寝転ぶダイムと一緒にすぐに閉まったドアの音に振り返る

ついでにシャワーも浴びて来たんだ


「もう見終わったのか?」

「あと2話あるけど明日でもいいかな。そう言えばさ、本当にしようよ!クリスマスでコスチューム」


常守さんのふとした提案だったけどアリかもしれない
ダイムにはトナカイの衣装とか、この間のタキシードとまた違って似合いそう

と思っても、我が夫は明らかに浮かない表情
嫌がられるのは承知だけど言うだけならタダだから


「....何の仮装をするつもりだ」

「それはもちろんサンタでしょ。私が買うからさ」

「はぁ....」


隣に腰を下ろしながら吐かれた"了承"の意の溜息
なんだかんだ言って最後は結局何でも許してくれる

それにつけ込む私が悪いのか
最後まで"ダメ"を貫き通せない伸兄が悪いのか

....後者だと思いたいけど


「今年だけだぞ、来年からは絶対に無しだ」

「分かったから」


来年も着れるようにちゃんとしたやつにしようかな
あまり安い物だと実質使い捨てだし

そんな無償の優しさに甘えた考えを自然と持ってしまうのが、私の特権の濫用


「じゃあお風呂入って

「名前」

「....な、なに?」

「....その、墓参りの時の話だが....仮にお前の本当の家族と会えたら何がしたい?」

「なにそれ。そんなあり得ないじゃん」

「例えばの話だ、深く考えるな」

「急に言われても....でもほら、結婚した事はちゃんと伝えたいし、伸兄の事も紹介したいかな。親なら久々に再開した娘の昔話より、一生を預ける夫がどんな人なのか気になるでしょ」

「....そうだな」





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