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「すみません....」

「....謝るな」


ローテーブルを囲んで益々盛り上がって行く女性陣にあたふたとする雛河
それをソファから共に眺めているのは須郷

目が回りそうだ

今年は家族でと思っていたのがどうしてこうなったんだ
名前が呼び、その上実際にもうここに来ている手前追い返す事も出来ない
いっそパーティーから抜けるかとも思ったが、名前をここに残して行くわけにもいかない


「翔君....サプリはふりかけじゃないのよ?」

「だから体力無いんじゃないですか?」


この場でただ一人霜月だけはフルーツジュースを流し込んでいるが、他4人の女は出来上がって来ている
雛河に同情するな...
酔っ払いに囲まれて窮屈だろう


「お前も何か飲むか?」

「いえ、自分はお構い無く」

「そういつも遠慮するな。せっかくだ、親父が残した酒でも開けよう」


俺も優しいのか強がりなのか
変な気を遣わせたくないという思いだけはある
....どう足掻いても須郷に非は無いだろ

共にリビングを抜けキッチンへ向かうが、遠くから見るとより一層酷いな...
雛河も苦手ならば断れば良かったものを





「ありがとうございます」

「後は自分で好きに注いでくれ」


取り出した2つのグラスの内一つを手渡すが、本当にどこまでも律儀な男だ
こっちから言わないと座ろうともしない
親父はそんなところが気に入ったんだろうか


「....名前さんの父親のホロを被る件ですが、自分は何をすれば...」

「お前に任せる。いつか自分の娘が男を連れて来た日のシミュレーションだとでも思ってくれ」

「...努力してみます」

「あまり気にし過ぎるな、名前も気が利かないやつじゃない。最初からホロだと気付かれる前提での芝居だ」

「それでも名前さんにとってはご両親との最初で最後の対面。自分のせいで曲がった父親像を与えたくはありません」

「....お前がそこまで考え込む必要は....」

「唐之杜分析官から奥様の過去について伺いました。幼い頃に両親を亡くし、顔も覚えていないと。その後の養育者からは虐待を受け、あなたと出会った時には衰弱しきっていた。....あまりにも酷い」

「.....」

「奥様の亡くなったご両親は、きっと何よりも娘を愛していたはずです。その両親役となる自分がいい加減な事をしては、故人だけで無く名前さんへの侮辱とも言える。そんな事はあってはいけません」


そう真っ直ぐに言い切った視線に俺は思わず手元の水面に視界を落とした

....愚かだったな
悪い奴ではないとは分かっていたが
他人から頼まれた茶番にここまで真剣に構えられる人間もそう居ない
実際に唐之杜は須郷との夫婦役に遊び込んでいる

親父の目を信じるべきだった


「出来る限りご意向に沿いたい、そう思っています。自分では力不足かもしれませんが

「須郷」


元軍人と言ったか
狙撃の腕もなかなかだった
体格も、狡噛にも引けを取らない程かもしれない

今まで信じていなかったわけでもないが、
この男なら


「....すまなかったな、いろいろと」

「そんな、自分は....」

「妻は相当お前を気に入っているらしい」


信用を託しても問題無いだろう


「お前さえ良ければこれからも仲良くしてやってくれ」


勝手に抱いて来た私情をかき消すように決断し吐き出した言葉と、流し込んだアルコール
青柳の死に始まり同僚となった今、いい加減区切りを付けよう

付けなければならない


「まだ飲めるな?」

「....え、あ、はい....」


自分で注げと言っておきながら、再び掴んだ瓶を傾けた先は両方のグラス
もうすぐ10時か


「名前とはどんな話をするんだ?」

「....あ、あの...その、見えて....」


口籠もりながら目をチラチラと泳がせている様子がどうも妙で


「どうし....なっ!名前!」


































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「なんだその格好は!今すぐ着替えに行、っ、おい!」

「絶対渡さないの!私の夫なんだから!ダメ!絶対ダメ!」

「あははは!そんな可愛い事言われちゃったら旦那様も我慢出来ないでしょ?今すぐここで襲っちゃってもいいのよ?」


名前さんと唐之杜さんとの3人で、ワンピーススタイルの衣装に着替えてから少し経った今
何やら須郷さんと話をしている様子だった宜野座さんには後で着てもらおうと言っていた名前さんは、監視官時代を彷彿とさせるような勢いでやってきた夫に力強く抱き着いている

やっぱり短過ぎたのかな
赤く印象的だったワンピースは、宜野座さんの登場と共にベージュ色のブランケットに覆い被されてしまった


「30になって若い女の子からナンパされるなんて、さすが刑事課が誇るいい男ですね」

「....またその話か」


まだ詳しくは話を知らなかった六合塚さんと唐之杜さんに語りながら、名前さんは感情に任せながら大量にお酒を消費して行っていた

酔った宜野座さんも良いけど、酔った名前さんも期待を裏切らない


「あら弥生、妬けちゃうわよ?」

「私は"いい男"には興味無いわ」


と別のカップルもイチャイチャする横で、私と霜月さんは"若い女の子"組


「一回離れろ!とにかくまずは着替え

「チューして」

「ふざけている場合じゃな

「チューしてくれなきゃ離れない!」

「名前!」

「嫌だ!」



「....何なんですかこれ。自分の幸せの見せつけですか」

「そう思っちゃうって事は、霜月さんはやっぱり

「違います!....先輩、酔ってるんじゃないですか?」

「私お酒にだけは強いから」



「いい加減にしろ!」

「愛する妻にチューの一つも出来ないの?」

「....常守、悪いが名前を

「いいじゃないですか、キスくらいしてあげたらどうですか?」

「もしかしてキスだけじゃ止められないくらいもう

「それ以上言ったら追い出すぞ」

「あら?借りを作ってる最中の相手に対して酷い事言うのね?翔君、あのデータ消し


データって何だろう?
と思っていたのも束の間

普段なかなか見れない光景に目を逸らした霜月さんは勿体ないと思ったりした私は、あんな愛を与えられてみたいと言う遠そうな夢に口元を手で覆った





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