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「しっかりしろ、酔い過ぎだぞ」
「んー、ちょっと酔っちゃったかも」
そうどことなく話を噛み合わせられない名前さんは、パーティーはお開きにしようと言った宜野座さんに反対した
部屋で休んで来る事も、シャワーを浴びる事も
全部拒絶して
「一緒に居たいの」
と夫からの嫌々な額へのキスに嬉しそうにはしゃいでからと言うもの
ひっ付いて離れない
その間に霜月さんは"明日友達と用事があるので"と先に帰って行った
唐之杜さんと六合塚さんは雛河君と"戯れてる"し、今ではそこに須郷さんまで巻き込まれてしまっている
その須郷さんはさっき、驚く程正直に"下着を見てしまった"事で名前さんに頭を下げていた
それに対して酔いが回りきり"何色だっけ"と自ら裾を捲り確認しようとした行動に、宜野座さんは"馬鹿か!"と再び声を上げた
しばらくは"カッコいい"とか、"愛してるよ"とか
何度も何度も私達の前で夫を愛で続け、宜野座さんをタジタジにさせていた
そして力尽きたのか
「寝るなら部屋に
「んー...」
「ふふっ、名前さんは甘え上手ですね」
「はぁ....」
そう深くため息を吐いた宜野座さんもやっぱり甘い
自分の腿に乗せられた頬を優しく撫でる手つきが、愛しさが溢れているようで
見ている私まで心地よく感じる気がする
「宜野座さんにとって名前さんって、結局何が一番近いんですか?兄妹だったり、夫婦だったりしますけど」
時には親子みたい
「....生き甲斐だな。俺が今もこうして生きている理由そのものだ」
「....失礼な事聞いても良いですか?」
「何だ?」
「幼少期に酷い差別を受けたと聞きました。その渦中で実質ご両親も失くされて....投げ出そうと思った事は無いんですか?」
私には想像も出来ない
ある日急に父親が帰って来なくなって、見知らぬ人達から暴言や暴力を受けて、その上母親まで寝たきりになるなんて
この歳でも受け入れられる気がしないのに、それを宜野座さんは....
「そんな事を考える余裕すら無かったな。あの当時は名前の事で一杯だった」
「確か名前さんはそこまで差別は受けていませんでしたよね?」
「それでも毎日のように泣きじゃくっていた。全く、その度に俺は泣けなくなったよ。幸せと言えなくとも、名前が得て然るべき日々を与えようと必死だったと言うのに」
"俺もまだ子供だった"と口では言いながら、寝返りを打った名前さんにブランケットをかけ直してあげる宜野座さん
こんな兄がいたら私は自慢気だっただろうな
でもそれは客観的に見てるから言える事であって、鬱陶しいと感じていた名前さんの気持ちも理解出来る
「事件の捜査中に保護者会に行ったって本当ですか?」
「あぁ....仕方ないだろ、俺が社会人になった以上祖母には迷惑をかけたくなかったんだ」
「他の保護者さん達びっくりしたんじゃないですか?公安が来るなんて普通思わないですから」
「....それなら、文化祭には狡噛も行ったぞ。捜査の帰りに突然"母校の文化祭に寄ろう"と言い出してな。案の定校門で止められたよ」
「まさかレイドジャケットを着たままで?」
「学院のセキュリティーに言われるまで気が付かないくらいには急いでいた。文化祭終了時刻15分前だったからな」
「15分前ですか!そんなギリギリに行っても殆ど後片付けに入ってたんじゃないですか?」
「おまけに狡噛は学園で顔が広かったからな。すぐに後輩らに捕まって身動きが取れなくなった」
「なんだか想像出来ますね....女子生徒ですか?」
「さすがにあいつも参っていたよ」
懐かしそうに微笑んだ表情は、宜野座さんの"変わった"中でも最も印象的だと思う
ちょっと嫌な人だなとか、名前さんの事で勘違いしていた自分が恥ずかしくて思い出したくも無い
「....寝ちゃいましたかね」
「寝顔を見ている時が一番心が休まる」
「だから宜野座さんは心配しすぎなんですよ。名前さんは充分しっかりしてるじゃないですか」
「それを年下に言われても仕方ないだろ」
「これでも上司ですよ?」
「職権濫用だぞ」
「権利は使ってこそですから」
奥では唐之杜さんの"もうちょっとナイスバディにしなきゃ"と4人で見つめている先のスクリーンに文句を言っている
「そういえば名前さんが学生時代に誰からも告白されたことが無いって本当ですか?綺麗な容姿なのに....」
「男は皆外見重視だと言いたいのか?」
「最も普遍的で重要な基準の一つです」
「...さすが優等生だな」
「あったんですね?」
「....否定は出来ない」