▼ 342

『それで、監視官は具体的に何をするんだ?』

『それくらい調べないのか』

『いや、シビュラが隙間無く見張っているこの日本で警察組織なんか仕事になるのかと思ってな』

『....潜在犯はそう甘くない』

『分かってるさ』





「狡噛さんって宜野座さんに着いていく形で監視官になったんですね」

「それでトップの成績を叩き出される俺の身にもなって欲しいな」

「そんな、射撃は誰にも負けないじゃないですか。ドミネーターを扱う私達には重要な才能ですよ」

「お前は人を褒めるのが上手いな」

「本音です。話の続きをどうぞ」


その願いを聞き入れる前に自身の腹部に目線を落としてみるが、そこにはやや赤く火照った安らかな寝息
こうやって完全な信頼を預けられるのは安心する反面、容易く他人を信じてしまうんじゃないかという不安も生まれる






『お!....お前また宜野座と連んでんの?』

『悪いか?』

『そいつに騙されてるの気付けよ、狡噛』


わざと俺がいるこの場で言っているんだろうが、もうもはや気にもしない
幾度と無く暴力まで振られて来た身に、口先だけの文字など大した威力は無い


『お前この間宜野座に約束をドタキャンされた理由が、"妹が熱を出したから"って言ってたよな?』

『それがどうした?看病くらい家族ならするだろ』

『一つ年下で同じ日東学院に通ってるって』

『あぁ』


先週末の事だったな
元は狡噛と図書館に行く約束をしていたが、その前日に友人と室内プールに出掛けていた名前が夜に体調を崩した
話を聞くと更衣室のシャワーが壊れていて冷水しか出なかったらしい


『いないんだよ、そんな奴』

『何でそう言い切れるんだ』

『この学院全体で"宜野座"はその潜在犯の息子だけだよ』

『....そういう事か』


そう視線を向けて来た狡噛に俺はわざと顔を背けた
こんな事でわざわざ明かす必要は無い


『いい加減見栄張るのも止めろよ、そこまでして狡噛と

『俺に用があるんじゃなかったのか?』






「酷いですね....」

「勘違いされても仕方ないとは思っている」

「....そういえば私も人の事は言えませんでしたね...話してくれない宜野座さんが悪いんですよ?」

「そこまで近しい仲でも無かっただろ」

「近付いてくれなかったんです」

「お前も酔って来たんじゃないか?」

「見くびらないでください。それでどうなったんですか?」






『俺彼女出来たんだよ!』

『そうか、良かったな』

『おいおい、もうちょっと興味持ってくれよ』

『どれだ?先週告白して来た女か?それともこの間デートしたって女か?』

『いや、それがどれも違うんだな』

『また新しい女か。お前がモテるのは分かったが程々にしておけよ』

『今回はマジだから!運命感じちゃってさ、もう一目惚れってやつ?』

『はいはい、どうぞお幸せに。話はそれだけか?』

『明日デートに誘うつもりなんだけどさ、どこがいいと思う?』


まるで俺など存在しないかのように目の前で繰り広げられる、いわゆる人気者の会話
狡噛ももう少し友達は選ぶべきだと思うが、特に友達だと思っていなさそうでもある

どうでもいい話に参考書と課題に精神を沈め、ただ寡黙を貫く
俺が付け入る隙間も言葉も無い

そんな時に俺の注意を逸らしたのがメッセージの受信音だった
デバイスを起動させると
"明日出掛けるかも。夜食べて来ていい?"

....つまりは小遣いをくれという事か


『珍しいな、お前が誘うのか?いつも女に誘われてただろ』

『連絡先交換してからまだ何も無くてさ....押されてばかりじゃダメなんだよ、たまには押さないと!』

『押してくれないの間違いじゃないのか?』

『恥ずかしがり屋な子って事だよ。それも可愛いだろ?』

『....お前、嫌われないように気を付けろよ』

『お?心配してくれんの?』

『付き合ってもいない女を彼女と紹介する男に捕まった相手の女をな』

『人聞き悪いこと言うなよー、俺今回はガチで頑張るからさ』


"5000円で足りるか?"

"服買いたいから2万円"

"この間買ってやったばかりだろ、何が欲しい?"

"新作のワンピースとブラウス"

"1万5千円渡すからどっちか一つにしろ"

"ケチ!"


『とりあえず明日会おうって話したら、"買い物に行きたい"って言われたんだよ。ここはやっぱり俺が払うべき?』

『あぁ、そうだろうな。悪いが俺達は課題の最中なんだ。それ以外用が無いなら帰ってくれ』

『すげー可愛いんだよ、絶対誰にも渡せないな』

『彼女自慢は付き合ってからに

『おぉ!"明日10時に渋谷で待ち合わせでも良いですか?"だって!』

『....お前に敬語なのか?』

『一つ年下の後輩だからな、それがまた良いだろ!』


こいつはいつまでここに居座る気なんだ
邪魔でしかない
狡噛も困っているのが見えないのか?


『あぁ、そうだな。もういいか?』

『そう言わずに出会いとか聞いてくれよ』

『...はぁ...どこで出会ったんだ』

『廊下で肩をぶつけちゃってさ、俺が悪いのにめっちゃ謝ってくれて!健気で良い子だし、何よりいい匂いしたんだよ!』

『気色悪いぞ』

『柔軟剤の匂いだと思うんだけどさ、どこのやつだろうなー』


その言葉にそう言えば柔軟剤が底をつきそうだった事を思い出す
あと1週間は持つだろうが、明日出掛けると言う名前に頼むか


『知ってどうするんだ、同じ物を使うのか?』

『気付いてくれるかもしれないだろ?話のネタだよ』

『....お前がそこまでするなんてな』


"まだ学校に居る?私傘忘れた"

全く....朝わざわざ"忘れるな"と釘を刺しておいたと言うのに


『明日が楽しみだなー』

『なら早く帰って準備でもしたらどうだ?』


"友達に借りられないのか?"

"一人は今日休み、もう一人は習い事で先帰ったよ。どうせ課題やってるんでしょ?図書室?"


『なぁ、明日何着たらいいと思う?』

『俺に聞くな。その彼女の好みに合わせればいいだろ』

『好みねぇ....名前ちゃんの好みなんて分かんねーよ。まだ全然話した事無いしさー。意外とチャラいのが....って、こ、狡噛?』


...は?
今こいつ


『お前は何だよ!人の事を潜在犯の目で見て来んじゃ

『その女の名字は何だ』


....まさか、明日出掛けると言うのは


『お?もしかして狡噛知り合い?』

『いいから早く言え』

『確か...あー、そうそう!名字、名字名前ちゃん!名前もかわ、っおい!何だよ!』

『明日の外出は無しだ、諦めろ』

『は!?』

『用事が出来たとでも言っておけ。嫌なら俺から名前に話す、どうだ?』

『....狡噛、お前....彼女居ないんじゃなかったのかよ?』

『勘違いするな、そういう関係じゃない。分かったらさっさと断りの連絡を入れて帰れ』

『じゃあどういう関係だよ!何で俺が

『ジュース買って来たけどリンゴとオレンジどっちが....って、え...?』


そう缶ジュースを両手に一つずつ持った名前は俺達三人を順に何度も見渡し、そして吐かれた言葉は


『...友達なの?』

『....名前、後で話がある。分かるな?』

『....えっと....こ、狡噛さんも一緒だったんですね!飲み物何がいいですか?買って来ますよ!』





[ Back to contents ]