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「もう二度と無しだぞ」


そう言いながら脱ぎ捨てられた"サンタの殻"の代わりにワイシャツのボタンを閉め上げている背中


「妥協を覚えたんじゃなかったの?」

「....それとこれとは別だ」


ダイムにも例のトナカイをもう一回着せて、クリスマスツリーの前などで撮った写真を手元で振り返る
どれもこれも少しムスッとした表情
作り笑いでも良いからもうちょっと笑ってよ....
ダイムの方がずっと良い表情してる


「それで?サンタさんはプレゼント持って来てくれなかったの?」

「この間買い物したばかりだろ」

「それこそ、"それとこれとは別"でしょ!」

「はぁ....そういうお前はどうなんだ?」

「気になる?」


きっちりと閉められた首元のネクタイにワイシャツの襟が下ろされて、その慣れた手つきを見つめる
たまには着崩してみたらいいのにと思う反面、その隙の無い着こなしが似合っているのだと思ったり
私自身の着崩しに対する興味は、学生の時にスカートを折って散々怒鳴られて以降すっかり失せてしまった

もしかして当時誰からも好意を寄せて貰えなかったのは、それが原因だったんじゃ....?

メイクとか、髪を染めたりアクセサリーも付けたりして"女の子"を満喫していた子も多くいた中で
私は今でも変わらないただ真っ直ぐな黒髪とか、校則のお手本のような外面をしていた
放課後自由に遊びに行く事も出来なかったし、お泊まりなんてもっての外
特に仲良くしていた親友の女の子二人と出掛けるにも連絡しなきゃいけないし、それ以外の人物だとまずダメだった

友達と夜を越したのは修学旅行でだけ
そんな修学旅行でも逐一写真とかを求められたりした
お婆ちゃんには保護者宛の連絡メールが学校から毎日2回送られてたから、それを見せて貰えば良かったのに

結局隠したり嘘ついたり、そもそも連絡すら入れないで遊びに出かけるようになったものの、そんな時は決まって大喧嘩
心配してくれてるのは分かるけど、"なんで私だけ...."と思うことの方が多かった

伸兄との関係や事情を知っていた親友には、"そんなに大事にしてくれるお兄ちゃんなんて羨ましい"と言われたり
そういう事じゃないのに....


『ウチのなんてゲームばっかりで顔もカッコ良くないし、宿題なんか手伝ってくれないよ!』

『その点名前はねぇ?血も繋がってないのにそこまでお世話してくれるのはすごいと思うよ?』

『でも....』

『そんなに嫌なら私達が貰っちゃうよ?狡噛先輩に隠れてるお陰でそこまでライバル居ないし、今まで彼女もいたこと無いんだよね?』

『え、告白するの!?』

『振られるかもしれないけど、挑戦するだけの価値はあるって!』

『ちょ、やめてよ!』


というのはさすがにフリで終わったけど、今思えば私の立場に立ってくれていたのは狡噛さんとお婆ちゃんだけだったかもしれない





「はい、これ」


引き出しの中から取り出して渡したのは小さな箱
何をあげればいいのか迷いに迷った先で、オフィスのデスクで目にした
もう一つあってもいいかなって


「ひとりぼっちじゃ可哀想でしょ?」

「....それなら親父へのプレゼントじゃないのか?」


お父さんが置いていた赤べこ
それは今でも同じデスクにはあるけど
せめて愛する人と共にあるようにと


「....そう言うこと言うなら私が自分で飾るから返

「冗談だ」


"隣り合わせに飾って置く"と、その小さな置き物をハンカチに包んでからポケットに入れる様子は几帳面な性格の現れ
疲れないのかなとはいつも思う
でも本人にとってはそれを乱す事の方が嫌なんだろう

第二当直開始まではあと2時間くらい
それなのにもうスーツに着替えてるなんて
パジャマのままでベッドの上に居る私とは正反対


「本当に無いの?プレゼント」


朝食、というよりほぼ昼食を準備する為に寝室を出た背を追いながら投げかけた質問
リビングに出るとクリスマスらしい装飾を除いて、昨夜パーティーをした形跡は綺麗に消えていた

何時までやってたんだろう....
そもそも私は何で寝ちゃう程飲んだんだっけ?
思い出そうと試みる度に嫌な予感がして、記憶の引き金となり得そうな物が全く無い部屋を見渡す

歩み寄って来たダイムはさっき写真を撮った余韻でまだトナカイの姿のまま
ダイニングテーブルに着いた私は隣の椅子を引いて、ダイムに"おいで"と促して


「須郷にも強請ったそうだな?」


とどこか不味そうな声色で私を刺しながら、二つのサンドイッチの内一つがめの目の前に置かれた


「....それで?ダメなの?」

「はぁ....」

「別に本気じゃないし、実際何も貰ってないよ」

「本気じゃなければ何でも良いわけないだろ、まだ知り合って間も無い相手にプレゼントまで要求するのは

「ちょっと待って、マナーの話?」


思っていたのと異なった文句の内容に思わず顔を上げる
お互い手にしているサンドイッチを動かさない様子がダイムには不思議だったのかも知れない

鼻を鳴らしたような鳴き声が微かに響いて、そこまで食欲が無い私はそっと手元を自由にした


「....都合悪くなったら黙るのやめたら?意味無いでしょ」

「....分かっているなら自粛したらどうだ?」

「人の事言えるの?」


近頃は結構穏やかだったと思うのに
このクリスマスという日に限って寛容さの欠けたクレームの多い事
プレゼントも無いし


「誰それ構わず優しさ振り撒いちゃって。特に女の子に!この後に及んでモテたいの?もう30だよ?」

「笑うべきか?」


なんて鋭く飽き飽きした視線で真意を突かれて
唇を開きかけてから強くつぐんだ

それはもちろん、本気でそんな事思ってるわけない
モテようと努力するなんて前世でも来世でもしなさそう
そして私も須郷さんとどうにかなりたいわけじゃなくて、ただ"自身が思う平等"に接しているだけ
互いにその対象が気に入らない人だったり、異性だったりしてるから


「....私のせい?」

「....ダメだとは言わないが、少し親し過ぎるんじゃ

「その話じゃなくて!....自覚はあるよ、わがまま言い過ぎてるとか、甘え過ぎてるとか。いつまで経っても手の掛かる子供みたいで」


散々いろんな物買って貰いながらこうやってクリスマスプレゼントが無いだけでがっかりしてるし


「あまり余計な事は考えるな。俺がそんな事を気にしていないのは分かっているだろ」

「私が気にしてるの」


かと言って、昔みたいに難ある性格に戻って皆に煙たがられるのも望んでない
多くの人に信頼されているのはそれはそれで誇らしい


「確かに伸兄とはあんまり"男と女"って感じじゃ無いけどさ、もうちょっと....」


でもやっぱり、そこまでする必要があるのかと思ってしまう
いくら元同僚や現上司、年下の若い女の子だからって
....と考えたところで、あれくらい知り合いなら普通だとも思ったり

責めてるわけじゃない、はず
ただ何と言うか....私の存在は?
例えば私が怪我をしても、常守さんが怪我をしても、どうせ心配性の伸兄は同じように気にかける
そこには何の違いも無い上に、至極当然の行動でどうこう言う方がまともじゃない
そして、ならその状況で常守さんを放って置いて欲しいのかと聞かれれば、むしろ"早く助けてあげて"と声を上げると思う

夫婦になったんだから妻としての位置付けが欲しい反面、長年続けて来た兄妹の関係性の居心地の良さにどっぷり浸かり込む
どちらにしろ家族には変わりないのに....
どこか納得行かないのはこれまた私のわがまま

このクリスマスの日に何がしたいんだろう
....何から始まったんだっけ?
自分のことは棚に上げて須郷さんとの事に文句を言われたから?
写真撮ったり楽しんではいたけど

情緒不安定みたいで余韻を引くアルコールのせいにしたい


「ごめん、仕事でしょ?早く食べたら?」


隙間から光るネクタイピンも私があげた物で、目の前にあるマグカップもペア
"何が不満なのか"と言われているような気がして自問じしても、自答が出来ない


「食べないのか?」

「まだ酔いが覚めてないかも、後で食べるから」


徐に上げた腰で寝室に戻って、再び温もりの中に塞ぎ込む
眠れる程重たくはない瞼を開けたり閉じたりしながら枕元のデバイスを取り出した

昔の友達に会ってみようかと思っても、監視官を連れなきゃいけないのが面倒
知ってる人達とは言えここは私の生活圏じゃなかった
前は伸兄が会った事も無い知り合いや友人がそれなりに居たのに

私が須郷さんと仲良くしたいのは、単純に良い人と言うだけじゃなくてそういう意味もあるのかも知れない
伸兄を通しての関係じゃない私の交友
元はと言えば違う係だったし


「大丈夫か?」

「うん」


響いて来た扉の開閉音と足音に口だけで反応する


「俺が帰って来るまでに出来るだけ飲み切れ、いいな?」


そう言ってすぐそばに置かれたのは少し大きめなペットボトルに入った水


「うん」


未だにクリスマスプレゼントについて触れて来ないのはいよいよ本当に無いのか、またはそれが現状の主な原因じゃないと分かっているからか
でもここまで来たら"何が欲しい?"って観念して聞いて来そうなのに
そんな違和感を抱きながら、そう思ってしまう自分の図々しさがまた子供っぽいと嫌になる

真横に感じた体重と降りかかった漏れる溜息が気まずい


「いつから俺は大人びた女性を好む事になったんだ」

「....説得力無い」


むしろ
当たり前のように貰える物だと思っていたあたり
伸兄が須郷さんの事や私からのクレームに深く対処はしていないあたり


「はぁ...とにかく、もう一度言うが余計な事は考えるな」


私達はお互いを"当然"だと思い過ぎている


「....うん」


とか言ってみたり





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