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「あとどれくらいかかりそうなんだ」

「そうねぇ....翔君どう?」

「あ、あとは仕上げだけ...です」

「だそうよ。急がないんじゃなかった?」


刺々しい空気にはっきり怯える翔君
私にはもはや懐かしい上に、これはまだまだ抑えてる方よ

年が明けたばかりのこの頃、街は賑わいを見せているものの大きな事件は発生してない
市民同士の揉め事や大きなイベントへセキュリティーとして他の皆が駆り出されてる


「早い方が助かる」

「....もう、いつまでピリピリしてんのよ。そんなんじゃあの子は返せないって分かってる?」

「....、お前も何とか言ってくれ」

「あら、いつの間に私あなたの味方になったの?」


頭を抱えて大きく息を吐いたこの男が、監視官だった時みたいに不機嫌の塊になったのは少し前






いつものように部屋で弥生と他愛も無い話をしていた夜

他愛も無...くはなかったわね

弥生が話してくれたその日一係オフィスで起こった事

あの宜野座君が朱ちゃんに声を上げたらしい

『許可を取り消せ』と

その場で今度は名前ちゃんと大喧嘩になって、退勤を迎えたそう


ちょうどそんな話に一体何があったのかと妄想を膨らませていた時、壁越しか廊下越しかに聞こえて来たのは甲高い悲鳴のような声だった

弥生と一緒に廊下に出るとそれはもっと鮮明になって
辿るようにその元へ向かうと着いたのは例の夫婦の部屋の前

言い争うような声は紛れも無く二人のもので
『ダメだ!』
『行かせるわけないだろ!』
『関係無いでしょ!』
『何がダメなの!』
と言うような具合

そんな内容に痴話喧嘩かと引き返そうとした瞬間
扉が開いて出て来たのは、大きな身体して自分の妻に掴みかかる勢いの形相
同じ女として黙って見過ごすわけにも行かず、私達の手前か少し大人しくなった宜野座君から名前ちゃんを取り上げて部屋に戻った

というのを最後に、名前ちゃんは私の部屋に帰るようになったのよね

だって


「どう考えてもあなたが悪いわ。もうちょっと信用してあげなさいよ。何をどう間違ってもあの子が他の男について行くはず無いんだから、慎也君じゃあるまいし」

「俺が信用していないのはその男の方だ」

「何を根拠に?」

「信用出来る根拠が無い」

「はぁ....全く、過保護と束縛は別物よ」







『それで、何があったの?』

『ちょっと...まぁ、喧嘩して....』

『それは見て分かるわよ。ものすごい悲鳴聞こえて来たけど?』

『ご、ごめんなさい....』


そして話してくれた詳細に私と弥生は"可愛い話"だと笑い飛ばすわけにも行かなくて
現に今一係全体にその被害が広まってる
この男はいつ爆発するか分からないし、名前ちゃんもそんな夫を知らんぷり
元監視官としてだけじゃなく年長者だからとどことなく皆が頼っていた先が、仕事でミスを連発する現状に朱ちゃんも頭を悩ませてる
挙げ句の果てには『私が名前さんの外出許可の申請を取り消さなかったから』って自分を責め始めちゃって

名前ちゃんが昔の友人に会いに行っただけで、一係が丸ごと傾いちゃうなんてね...
タバコも吸いたくなるわよ




「あの子は"ちゃんと謝ってくれないと帰らない"って言ってるけど?」

「聞く耳を持たないのはあいつだろ、そもそも俺がいいと言わないと分かっていて

「いつから名前ちゃんはあなたが許可した事だけ出来るようになったの?そもそも自分でも分かってるんでしょ?つい感情的になっちゃったんだって。いきなりだったから気持ちの整理がつかなかったのよ。本当はあの子がしたい事は全部やらせてあげたいくせに」

「....、仕事に戻る」





























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「宜野座さん、ちょっといいですか...?ここなんですけど....」


"また?"と心の中で溜息を吐きながら顔は向けない
そういう事だけはキッチリやる人なのに、この頃やけに書類の修正が多い
その原因が私である事を分かっておきながらも何もしたくはない


「お昼行ってきます」

そう常守さんに軽く会釈をして廊下へ出るドアへ向かった





事の始まりはクリスマスの後
大晦日に行われる大型の公開イベントの警備を担当して欲しいと企画者から要請があったらしい
数々の著名人が登壇する上に会場の規模が大きいから民間の警備会社じゃ限界があるって

この仕事で刑事課とイベント側の間に入っていたのが総務課だった
まさかとは思ったけど


『....相馬君?久しぶり!』


私の身の変化に驚きながらも以前と同じように接してくれた相馬君は、左手薬指に指輪をしていた
その相手が


『え!?なっちゃんと!?』

『今ちょうど産休で仕事は休んでるけど、


なんて所まで聞いて驚きのあまり意識が飛びそうになった
私が潜在犯に落ちて執行官になっていた間に、相馬君となっちゃんが結婚して子供もできたとは全く想像してなかった

"是非家に遊びにきて欲しい、奈津もきっと会いたいと思ってる"と言って貰えたから、私はすぐに常守さんに外出の申請をした
案の定それに食ってかかって来た伸兄と喧嘩する事は目に見えていたけど、私が一番怒っているのは相馬君への態度


『本当に結婚しているのかどうかも分からないだろ!それに相手がお前の友人だというのも都合が良すぎる!』

『そんな事まで疑うの!?同じ公安局の職員なのに!』

『お前は他人を容易く信じ過ぎるんだ!あいつはお前が

『それはもう終わった事でしょ!?常守さんだってついて来てくれるんだし、何が嫌

『家で会う必要はどこにある!』

『自分の妻が臨月なのに誰が無駄に外に出そうとするの!?』

『その大事な時に潜在犯と会いたいわけがない!俺達はいつ何をしでかすか分からないとされてるんだぞ!何もかもが信用ならない!』

『....なにそれ、私がそんな人だと思ってるの?それとも私が好んで付き合ってる友達をそんな憶測で侮辱するの?』


熱は鎮まるどころか、伸兄はどんどん火に油を注いでいくし
"絶対にダメだ"と言い張られるあの宿舎に居たら本当に外出に行けない気がして、思い切り叫べば誰か来て救い出してくれるかもと考えた

そしたら運良くなのか、唐之杜さんと六合塚さんが来てくれて今の今までお世話になってる


それからは、何とか私と話をしようと必死になるにつれ見るからに機嫌が悪化していく伸兄の横で、私は寡黙を貫いている
まだ今は"話し合って解決"をするという気になれない
どうしてかは分からないけど、この状況を何処か楽しんでいる自分がいる

いくらお互い底まで理解し合っているとは言え、たまには不安に煽られてくれないと
そう考える私が悪女なのか
これまで感じていた不満をお返し出来ている気がする感情が、自分で思うけど幼稚





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