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「名前ちゃん、お味噌汁いる?」

「あ、はい!お願いします」


姿見の前でスーツの襟を正す
スカートこんなに緩かったかな....
不自然ではないものの、骨盤で引っ掛かるような感覚がどことなく違和感
そもそもぴったりにオーダーメイドで作ってもらったのを、まだ変わらず着れるのがすごいよね?
自分の健康管理が良いのだと自画自賛する


「今日は和食ですね」

「やっぱり私達日本人じゃない?」


"家"だと伸兄の好物という事もあってパン類が多い
もちろんご飯だったりもするけど、特にこだわりも無い私はそれに慣れて自らも菓子パンを選んだりする

...食べれてないんだろうな...
あの様子じゃ

お昼も食堂とか行ってるの見てないし、デスクの上にはコーヒーの缶とかカップ麺のゴミが時々あったりしていて生活が荒んでいるのが明確
カップ麺なんて食べてるの今まで見た事ない、と思う

最初こそひたすらただ怒ってるような感じだったのに、それも段々と失せて活力そのものが見えなくなって来た

それだけ主に余裕が無い中で、ダイムは大丈夫なのかな
あんなに大事にしていた植物達も枯れちゃってたりしてない?


私もこの際ちゃんと謝って貰うついでに、特に常守さんに抱く劣等感に折り合いをつけようとしていた

嫉妬じゃない
伸兄がうつつを抜かす人じゃないのも充分分かってる
外面的に心配する事なんて無いけど、そういう訳じゃない

これは私の内面の問題
きっと私は伸兄を、私が潜在的に思っている以上に価値のある人間だと認めている

お母さんに似た綺麗な顔も、
スーツがよく似合う長身の体型も、
監視官になれた程の秀才な頭脳も、
どんな要求も出来る限り付き合ってくれて、自身よりも私を第一に考えてくれる優しさも、
結局、あの必要以上に過保護で口煩い事以外は本当にそう簡単には併せ持てない素晴らしい人だと思う

その傍ら私は....
人並みより少ないくらいにしかモテた事がないし
背も平均で特別ナイスボディでもない
伸兄に助けて貰った上でもトップにあたる程の成績は得られない上に、絶対的な安心感に漬け込んでいつもわがままばかり

これまでそんなに深くは考えていなかった自分の欠点が、最近になってチクチクと刺さるようになった
きっと事あるごとに子供扱いして来る夫のせいでもある
一人前だと認めてくれない
常守さんとの会話が私は入れない大人の世界に感じたり

気にしちゃいけない
気にしてもしょうがない

分かってはいるけど


「....名前ちゃん」

「は、はい」


箸に乗ったままだったご飯を一度置いて顔を上げる


「ちょっとこれ見てくれる?」


そう言って唐之杜さんから向けられたのはタブレット端末の画面
カクカクとした線が右上に伸びているグラフ...?


「これって....、っ....」

「そう、もうそろそろ危ないわよ、ご主人」


...271


「セラピストの先生から昨日の夜、勤務にドクターストップがかかったの。本人は"今でも充分迷惑をかけているから休めない"って抵抗したんだけどね、朱ちゃんが聞くわけないでしょ?」

「....ちゃんとメンタルケアをしてないのが悪いんですよ」

「私達も色々試したのよ。須郷執行官もトレーニングに誘ったり、私も植木をプレゼントしたわ。朱ちゃんも外食に連れて行ったりしてたかな。でも気晴らしにもならなくってね」

「そう....ですか」

「ねぇ、


そっと包まれた手の、丁寧に手入れされた爪が甲に当たる
綺麗なマニキュア


「あなたしかいないのよ、名前ちゃん」

「.....」

「他の誰でもない、あなただけ。私も付いて行ってあげるから」

「...私は...」




















重い

気も肩も頭も空気まで

重く重く背負ったまま辿り着いたオフィス

自分のせいなのに、今更何をどう話せばいいのか分からない

ほぼ病人な状態の人間に"謝って!"と迫れる程私も鬼畜じゃない

でもこのまま300を超えてしまったら確実に何かしらの処分が下る



本当にいない....
綺麗に保たれたデスクが、扉からの位置でも寂しく映る
二つ並べられた赤べこ
お父さんとお母さんに見られてるみたい
もしここに居たら私が怒られてるのかな

あぁもう....
まずは仕事
仕事が終わったらまた考えよう
今日は報告書を一枚仕上げるだけだ...し....

...って、ん?

なにこれ、ケーキ?

カバンを置こうとしたところでやっと気付いたデスクの上の小さな白い箱
ここまで気付かなかったなんて私もかなり疲れるてるのかも....

誰からだろう
霜月さんからの差し入れとか?

中を開けるとかわいい瓶に入ったプリンが....なんで2つ?
それにこれ、1時間くらい並ぶってこの間SNSで見たお店だ
一つ誰かにあげようかと再び箱を閉じて持ち上げた瞬間


「あっ」


底にくっ付いていたのか、急に剥がれ落ちてきた何かが書かれた紙

....まさか













....もう
なんで





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