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「どうしたらいいんだか....そっちはどう?」

「何とか回せてはいるけど、正直早く復帰して欲しいところね。もう作業進捗は遅れをとってるわ」

「宜野座君が休みに入ってからまだ3日よね?」

「それだけ優秀な人材だって事よ」


弥生と共に見つめる先には部屋着姿でソファの上、膝を抱えている名前ちゃんの背中

ああ見えてずっと宜野座君のことを気にしていたのは分かりやすいのよね
それなりに健康的な生活を私と送ってはいるけど、よくふと心ここに在らずな様子で溜息ついて

無視を決め込んで怒りを表していた裏で、やっぱり隠しきれない感情
ドクターストップがかかったと話してからそれは更に顕著になってる

昨日の朝に顔を合わせたらとんでもないクマを刻んでて、あまり慣れてないと言ったメイクを手伝ってあげたけど....


「あの子って、すごく女の子らしいのに所々変わってるわよね」

「マニキュアの匂いも知らなかったのは驚いたわ」


そう
この間私がリビングで塗り直していたら、当直から戻った名前ちゃんが"新しい香水か"と顔を顰めながら聞いて来た
私も瞬時には何の話をされているのか理解出来なくて、思わず見つめ合っちゃった

他にも、ピアスホールを開けていない名前ちゃんに所謂イヤリングを勧めるとキョトンとしてた事とか
お風呂ですぐ落ちるヘアカラー剤がある事に驚いてたりとか


「"良い子"に育て上げられ過ぎたのよ。せっかく女の子ならそれくらい楽しまなきゃ勿体ないじゃない」

「どこぞの男が黙ってないでしょうけど」

「あの子も自分の世界を持つべきよね。特別に趣味も無いみたいだし」

「あの....」


そんな話をしていたすぐ側から、静かに割り込まれた声に背筋を伸ばす
なんだか手元も少し骨張って来たわね....
しかもこれって


「もう明日が消費期限なので、お二人で良かったら食べて下さい」

「名前ちゃん....」











































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「.....」


2回鳴らしても全く返事の無い呼び鈴
報告書作成に当たって聞きたい事があった為デバイスで通話をかけたものの、どれも反応が無く心配になってここまで来た


「宜野座さーん!」


扉の向こうに向かってそう叫んでみても....

何も返って来ない

もしかしたら食堂やトレーニングルームに居るのかもしれないけど、今の宜野座さんじゃどうしても不安
セラピストには2日に1回診てもらっていて、その経過はまさしくギリギリ
私が半ば強制して休ませてから大きく悪化はしていなくても、良くもなっていない

名前さんも最近元気が無さそうだし、唐之杜さんや六合塚さんによると食事も半分くらいで残してしまうと
会いに行く事を勧めても"考えさせて下さい"としか

縢君がいたら、持ち前の明るさと料理の腕で和ませられるのかな
征陸さんなら、父親として二人の間に入って仲裁するのだろう

狡噛さん、あなたなら


....仕方ない



「常守朱、監視官権限により宜野座伸元執行官の宿舎の開錠を申請します」

「声紋、並びにIDを認証。開錠します」






独特な機械音と共に開かれた視界の先は、相変わらず生活感はありながらも綺麗に整えられた部屋


「宜野座さん?」


誰もいないリビングをキョロキョロしながら歩みを進める
私のアパートと違ってゴミ一つ落ちて無いし、大型犬まで飼ってるのにペット特有の匂いなども無い

あんまり清掃に力を入れてるイメージは無いんだけどな...
一つ一つの小さな積み重ねなのかな

そう思っていたところでふと、ダイムも見当たらない事に気付いた
ケージを見てもそのふさふさとした毛は無くて、


「入りますよ」


と寝室の扉を開いてみる
さすがに立ち入るのは気が引けて、やはり生物の気配がしない部屋の中をその場で見渡すだけにした

なんだか....綺麗過ぎる?
布団やシーツに全く乱れが無い
マグカップだったり、衣服などの置きっ放しは言うまでも無い
まさかやっぱり寝てないんじゃないかと呆れ混じりの溜息を吐きながら、再度リビングに体を向けた時だった


「常守?」

「え、あ!ご、ごめんなさい!」





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