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「常守さんって、友達は多い方ですか?」

「自分では多いと思ってませんよ。仕事が忙しいですし、本当に仲が良い子が今は一人です」

「っ、す、すみません....」

「気にしないで下さい、もう昔の事ですから」


無神経だった
常守さんは前に事件で友人を....
こういうところだよ、私
自分の欠点、失敗、全ての短所が"大人"との違いに思えてしまう

外出道中の車内
外は土砂降りの雨
こんな日もよくあったのに、今じゃどんな天気なのかも分からない時が多い
窓があっても気に留めないし、出動要請が入らないと外気を感じられない

例え出ても車ばかりで、傘すら持たなくなった
こうなる前は、伸兄が通学鞄に無理矢理折り畳み傘を詰め込んでくれてたな....
社会人になってからは更衣室のロッカーに置きっぱなしにしてたけど、それすら懐かしい

中学生の頃
確か台風か何かが来ていて、雨も風も激しかった日
高校に上がっていた伸兄含めてお互い休校の連絡は無く、いつもと同じように登校した
"タクシーで行け"って言われたけど通学は友達と待ち合わせていたし、暴風雨で体すら持っていかれそうな中歩みを進めてた
でも案の定途中で傘が壊れちゃって、学校に着いてから伸兄にその旨と帰りは迎えに来てってメールを打ったかな

そして下校時
中学生の私よりはずっと放課が遅い伸兄を待つのに、昇降口でデバイスをいじりながら時間を潰していた
登校時に濡れてしまった制服から日中は体操服に着替えていたけど、まだ完全には乾き切ってなかった
夏服を着始めた時期で、まだ暑いとは言えない季節
風こそ病んでも雨は強く降り注ぐ荒れた天候の空気は冷たくて、肌に少し張り付く布地が気持ち悪かった
今思えば、その時こそタクシーでも拾えば良かったな....

ちょうどデバイスのバッテリー消費の警告が出た頃
通りかかった担任の女性の先生に声をかけられた
"傘が無いから迎えを待っている"と話したら、自分も帰るところだから一緒に行こうとの事
もう寒くて仕方なかったし、わざわざ断る理由も無くて私は差し出された先生の予備の傘を受け取った

道中では案外いろんな話をしたのを覚えてる
進路を聞かれたり、勉強で悩みは無いかとか、何なら恋愛話も振られた
若くてノリのいい先生とは思いの外会話が弾んで、激しい雨音の中でも苦ではなかった
ちゃんとマンションの玄関前まで送ってくれて、自宅にたどり着いた私は暖を取ろうとお風呂の用意をした

湿った制服を脱ぎ捨てて厚めのお湯に身を晒して、入浴剤で色付いた湯船に心地良く使浸かって暫く経った後
眠気に包まれそうだった私を一気に叩き起こしたのは、浴室の扉が勢いよく開かれた音

『え!ちょっと!』

『デバイスはどうした!』

ずぶ濡れのワイシャツで息を切らして肩を上下させながら、眼鏡は雨かお風呂の熱気かに覆われてその奥の目がよく見えなかった

『電池切れちゃって....いいからとりあえず出てってよ!』

その後はもういつもと同じ
学校にまだ残っていた先生と探し回ってくれてたらしい
ただ"心配した"とか言ってくれれば、素直に連絡し忘れたって謝れるのに
頭ごなしに怒鳴られるとそんな気も失せる



「喜んでくれるといいですね、プレゼント」

「これで捨てられたら泣いちゃいますよ」


膝の上に乗せてるのはベビー用のタオルケットセット
そんなに高い物じゃないけど丁寧には選んだ

名前
何にしたんだろう
赤ちゃんの手に指を置くと掴むって聞くけど、本当なのかな

















「え、カフェ?」

「うん、ごめん!今家散らかってて、とても見せられる状態じゃ無くて....ケーキ奢るからさ!」

「....分かった、常守さんも大丈夫ですか?」

「私は付き添いなので、何でも構いませんよ」


到着したマンション下で出迎えてくれたなっちゃんは、なんだかよそよそしい....?
































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「やっと戻って来たんですか!今まで遅れを取っていた分、しっかり取り戻して貰いますよ!」

「そんなに遅れているのか?」

「当たり前じゃないですか!報告書も3件分溜まってるし、市民からの探し物依頼だって!」


復帰早々苛立ちをぶつけて来る霜月は、まるで前回会ったのが昨日かのように何も変わっていない
同じオフィス内では六合塚と雛河が各々の作業をしている

俺も数日前の常守の訪問以来、多少ではあるが気が軽くなり比較的健康な生活を送れた
人間、声にして吐き出す事がメンタルケアに効果があるというのはあながち嘘では無いらしい
お陰で出勤直後には"仮病だったんですか"と霜月に毒付かれた程だ


「探し物くらい、交通課とかで勝手にやってくれればいいのに」

「とりあえず資料を送ってくれ。それと、ヘアゴムか何か持ってないか?」

「....まさか縛るんですか」

「見ての通り大分伸びて来たからな、作業する時は邪魔になる」

「....大体、男なのに何で髪なんか....」

「妻の要望だが、似合わないか?」

「....輪ゴムしか無いのでそれで我慢して下さい」


本当は名前の物でも借りようかと思ったが、結ぶ習慣が無い故にスーツに着替えるとすっかり忘れてしまった
全く、ヘアゴムを自分に買う日がやって来るとは思わなかったな
親父がいたら笑われただろうか


「常守は今日は非番か?」

「先輩なら今

「し、霜月監視官!」

「名前さんと外出....って、弥生さんどうしたんですか?」


慌てたように珍しく張り上げた声で介入して来た六合塚の様子で悟った

結局誰も
止めなかったのか

湧き上がる不安を、"無事に帰って来れればいい"と抑え込む


「....そうか」





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