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「やっぱり子育てって大変?」

「うん、何もかも初めてだからね。オムツひとつ替えるだけでも意外と手間取るけど、今はお母さんに来てもらってるからかなり助かってる」

「相馬君は手伝ってくれてる?」

「あー、あんまり期待してないよ。向こうは仕事もあるし」

「そんなダメだよ!パパなんだからしっかりして貰わないと!私からも言っておこうか?」

「もうガツンと言っちゃって!」


カフェに来てからというもの、私達の会話は至って平常通りだった
顔を合わせた時の妙な気まずさも無い
気のせいだったのかな、とそんな事も忘れかけながら口に運ぶサンドイッチ


「まぁそれは嘘で、その代わり家事はすごいやってくれてるから助かってるよ」

「惚気るねぇ」

「名前には言われたくないんだけど?」

「いや、私は....」

「それが皮肉だって教わらなかった?」

「もう、からかわないでよ....」

「あははっ、ごめんごめん」


常守さんは私の横で、ただ静かに私達の会話を聞いてくれている
まだまだ冬で土砂降りの日なのに飲んでいるのはアイスのコーヒーか何か
寒くないのかなとちょっと心配になる


「でもどうなの?イケメン夫との夫婦生活は」

「"イケメン"はなっちゃんの主観だって」

「細かいところはいいの!」

「どうって....別に普通だよ」


さすがに事情を全て知っている上司の横で話すのは恥ずかしい
それにしてもいつまで休んでるんだろう
まだ復帰するって話は聞いてない
....というより私が聞きに行っていないだけなのかも


「そういえば部屋が散らかってるって、どうしたの?」

「え?あ、いや、ほら!赤ちゃんの世話で疲れてて、片付ける暇がなくてさ」

「お母さんが来てくれてるんじゃなかった?」

「えっと、掃除までは頼めないじゃん」


じゃあ何を手伝ってもらってるのと聞きたくなってしまった気持ちをグッと抑える
私が経験した事ないから知らないだけで、それだけ育児は大変なのかもしれないから


「じゃあ今日は赤ちゃんには会えない?」

「....ごめん、じ、実はね!乳幼児って色んな事に敏感でしょ?」

「う、うん...」

「まだ他人と会うのはいちいち慣れなくて疲れると思うし、今は家の中で静かに育ってもらいたいの。家族以外には、あの子がもう少し外の世界にも慣れて来たらかな」

「じゃあまだ誰にも会わせてないの?人事課の人とか....」

「あぁ....会わせてないよ!」

「....そっか、そうだよね。慎重に越した事は無いもんね」


....なんだろう
会えなくて残念というより


「ちょっとお手洗い行って来るね!」

「あ、うん」


疎外感がある

こちらに背を向けて歩き去って行く背中を見届けてから、私は疑惑を拭うように常守さんに顔を向けた


「デバイス、少し借りてもいいですか?」



































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落ち着かない
仕事を進める手元は動きつつも気が気でならない

相手は名前が信頼を置く友人だ
だからこそ、甘い見方をすれば"心配する必要は無い"が、裏を返せばいざ何かが起きればそれはより深い傷となり得る

あの後六合塚は、今日は例の友人の出産後初の訪問で、名前は子供に会うのを楽しみにしていた上にプレゼントまで用意した事を俺に告げて来た
要するに、"本人がこれだけ希望しているのだから勝手にさせたらどうだ"という意中だろう

ここでは誰も彼もがそんな調子だ
須郷でさえ、少し前にトレーニングに誘われた際

『名前さんはそう簡単に流される方ではありません。共に長い時を歩んで来たからこそ、信じてあげるべきだと自分は思います』

恐らく名前が気移りする可能性についての主張だったと思うが、路線が違えど結局言いたい事は同じだ
自由にさせてあげるべきだ、と

....全く
俺がいつあいつを不自由にさせたんだ
常識と安全の範囲内で、好きな事も、欲しい物も何一つ欠けさせたことがない
確かに多くの事を"ダメなものはダメだ"として来たが、甘やかし過ぎたとも思っている程だ

顔を覆うように両手で肘をついても、その片方からのみ体温が伝わる

はぁ....
何としてでもこれ以上は行かせたくないが、ここで"ダメだ"と言ったところで皆が名前を危険な方向へ擁護する

本当に何かが起きない限り俺の主張は受け入れられないんだろうが、そんな事は起きて欲しく


「...ンセリング行きますか?」

「少し...一人に....、っ!」

「なっ、名前!」

「名前さん!」


オフィスの扉が開く音と共に途中から聞こえて来た会話


「宜野座さん、あの

「言い訳なら後にしろ!」































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「暇過ぎて遊びに来ちゃったー....って、どうしちゃったのよ朱ちゃん!失恋でもしちゃった?」

「志恩、あなたもよ」

「え?」

「常守監視官だけに雷が落とされるわけにはいかないでしょ」

「....まさか、本当に...?」

「はい...私がちゃんと警告を聞いていれば....」

「あぁ...そういえば私まだ仕事が

「志恩」

「もう....どれくらいなの...?」

「文字通り大激怒よ」





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