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「つまり旅行ですか!」

「仕事だと今言ったばかりだろ」

「でも自由にして良いって....ですよね?」

「はい、ホテル内であれば許可は下りてますので是非好きに楽しんで下さい」

「朱ちゃん太っ腹ね!上に掛け合ってくれたんでしょ?」

「そんな、皆さんがいつも頑張ってくれているお陰ですよ」


分析室に集められた私達に常守さんが代表して発表したのは、明日からの2泊で行く沖縄"旅行"
都知事が視察に訪れるらしく、それの警護として一係が選ばれたらしい


「都知事が到着するのは2日目で、軍基地に出向かれる際等は2名ほど同行して貰います。それ以外の自由行動は監視官の許可も必要ありません」

「プールありますか!」

「私も行ったことは無いので....」

「あった!ここね」


"おいで"と手招きされて唐之杜さんの横に着くと、画面には何とも豪華なリゾートホテルのホームページ
南国感のある内装と海の見える景色
こんな所を都知事が来るからって貸し切り


「ツインの部屋を4つ取っているので、二人で一部屋になりますが、....須郷さんと雛河君大丈夫ですか?」

「あ、えっ....」

「自分は構いませんが....」

「....だ、大丈夫、です」



「この時期に沖縄って良いわね」

「唐之杜さん寒いの苦手ですか?」

「当たり前じゃない!せっかくの身体を表に出せないなんてもったいないと思わない?」

「えぇ...ま、まぁ...」

「それにお肌も乾燥しちゃうから冬はあまり好きじゃないわ」

「そういえば私も同じスキンケア使い始めてみたんです!」

「どう?良いでしょ!」

「私は肌触りが良くなったと思うんですけど....伸兄は"高い割りには特に変わらない"って....」

「あぁもう、あんな男の言葉は気にしなくていいのよ!綺麗になって名前ちゃん自身が幸せならそれが正解よ」


そんな会話の中ふと後ろ振り返ると、常守さんと何か話している背中
霜月さんが"ホテルの外には絶対に出ないで下さい"とBGMのように繰り返し声を張っていて、伸兄が何を話しているのか聞こえない

あれからまた靄がかかったままの、大人の女性に憧れている問題

人事課の子達とも結局きっぱり会わなくなって、一度だけ食堂ですれ違って話しかけられた時は
『潜在犯と一緒にいると色相濁るよ』
と言って逃げた

私生活の方では特に喧嘩もせず、平穏で十分幸せな日々を送れている



あの後本当にプリンも一緒に買いに行った
実はその時ちょっとした騒ぎがあって、また自信を奪われた


『本当に30分待ち....すごいね、これ前回ちゃんと並んだの?』

『常守がどうしてもってな』

『寒っ...私は車に戻ってるんで終わったら早く戻って来て下さい』

午前の勤務後だったからお互いスーツにコート姿
それでもスカートの私は足元が冷たかったのを覚えてる
並んでいる間他愛無い話を沢山した
次のお墓参りで何を持って行くかとか
今年の誕生日はドレスが欲しいとか
意外と退屈に感じる事無く先頭まで半分くらいまで来た時だった

『宜野座君....?』

突然の事に二人して振り返ると長い黒髪が印象的な綺麗な女の人

『やっぱりそうだよね?印象違うから声掛けるの迷っちゃった』

白い肌に映える真っ赤な口紅が動くのを見つめて、何となく見覚えのある人だなと思っていた

『私の事覚えてる?』

『....あぁ』

親しげな相手の女性とは裏腹に不味そうな顔をする伸兄を横に、必死に記憶を辿る
どこで見たんだっけ?
でも私の事は知らないみたいだし
会った事は無いのかな

『正直、あの時はショックだったよ。友達が皆期待してたからさ』

『そんな昔の話はやめてくれ』

『ごめんごめん、懐かしくなっちゃって』

何の話か全く分からない
ショックって何?
期待してたって?

『あれ、指輪....結婚してるの?もしかしてその子が?』

『あ、えっと私は

『プライベートな事にはあまり立ち入らないで貰いたい』

挨拶しなきゃと押し出した身をグッと押し戻されて分かったのは、仲良くしたい人ではなさそうだという事

『可愛い子だね、宜野座君案外そういう子がタイプだったんだ。もっとこう、大人びたイメージだったな』

大人びたイメージ....

『私、宜野座君と高校の時同級生だったの。宜し

『やめろ、勝手な事をするな』

目の前に伸ばされて来た細く長い指の手がすぐに跳ね返されて、かなり失礼な態度を取る伸兄に驚いた
ただの同級生じゃないの?
同級生....
同級生?

『この後時間ある?せっかくだからご飯行こうよ』

『悪いが仕事がある。他を当たってくれ』

『他って....相変わらず冷たいね。今度同窓会あるんだけど

『断る』

『なら連絡先くらい

『必要無い』

あ....
思い出したかも
前に狡噛さんが言ってた

『...よっぽどその子にゾッコンなんだね、妬いちゃうなー....いつ出会ったの?』

『え、えっと....

『次のお客様どうぞー!』

『ほら行くぞ』



確か溝淵....先輩だったかな
伸兄が告白されてたって

その後はあれは誰だったのか
当時何があったのか
大まかな事は知っていたけどそんな話をした

でもそれより私が気になっていたのは、いかにも私は伸兄に"似合っていない"と言いたげだった言葉

自分で悩み出しといておかしいけど、大人って何?
見た目?
性格?
出来る事の多さ?



「名前ちゃん水着持ってる?」

「あ、無いかもしれないです....どうしよう....」

「名前ちゃんなら貸してあげても良いわよ?」





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