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「まだやってるのか」

「そんな早く終わんないよ、タオル2枚持って来て」


そう諭されて、仕方なく今来た道を戻り浴室に向かう

今回の事は、完全に常守の計らいだ
2名程の同行しか必要が無い要件に全員連れて行くのは妙だと思えば、案の定

『たまにはいいじゃないですか、いつも公安局に篭っててたら誰にだってリフレッシュは必要です』

『はぁ....どこの監視官が執行官へのリフレッシュ旅行を局長に提案するんだ。お人好しも程々にした方がいい』

『そうは言っても楽しみにしてるんじゃないですか?名前さんは喜んでますし』

ツインとは言え部屋が4つなのは、元々4人で行くつもりだったんだろう
唐之杜も正しくは一係じゃないが、六合塚を連れて唐之杜を連れないのは可哀想だという事らしい


「2泊だけだぞ、詰め込み過ぎだ」

「女の子はいろいろあるの。せっかく珍しく私服着れる機会だし、プールとか入る度にシャワー浴びるでしょ?下着も多めに持っとかなきゃ」

「程々にしろ、あまり張り切りすぎると体調を崩すぞ」

「いちいち心配し過ぎ」


寝巻き姿で小型スーツケースにあれやこれやと物を広げては入れて行く様子を横目に、放置されていた夕食の片付けをする

まだ冷たい風が吹く季節ではあるが、時期は確実に春に向かっている
大きな事件も無く、植木も緑が深みを増した
ただただ平和で温かい日々

最近やたらと高級化粧品を買い漁り、今でも白い紙を顔全体に貼り付けている名前は時々剥がれ落ちないようにと手で押さえている
美白だとか何とか言っていたが、熱心に続けている姿が見ていて愛しいと思える俺もなかなかかもしれない


「ねぇ、沖縄って言えばさ。家どうなったの?」

「残そうとは思っていたんだがな....俺が施設に入った頃に仕方なく売り払った」

「まぁ、そうだよね....」


そう忙しなくしていた手元を止め、フェイスパックをした奇奇な顔でも分かりやすく肩を落とす
誰も管理出来る人間がいないが故に手放すしかなかったが、


「結構好きだったんだけどな....今時ああいう家少ないし」


せめてホロデータとして保存くらいはしておくべきだったかもしれない


「....もう、すぐそんな顔しないでよ。私も責めてるわけじゃないんだから」

「そういうお前はそろそろ剥がして来た方がいいんじゃないのか?あまり長く放って置くとかえって乾燥するらしいぞ」

「え、うそ!どれくらい経った!?」

「もう20分近いな」

「っ、もっと早く言ってよ!」


ドタバタと寝室へ入って行く背中に、意図せずふっと笑いが溢れる

そろそろダイムの夕飯を準備するか

















「すごーい!本当にここに泊まるんですか!?」


女性陣のいる前方へ身軽に駆けて行った名前含め、皆温かい風に春の装いだ
"走るな"と口を開こうとした時には、カツカツと音を立てていたヒールの音も少し遠く、ホテルのフロント辺りで消えた

....また沖縄に来る事になるとはな....


「荷物、手伝いましょうか」

「いや、大丈夫だ。そんなに重くはない」


声をかけてくれた須郷から見ても量の多い荷物は、もちろん殆どが名前の物だ
夜の海辺は寒いからとコートまで詰め込んでいたな
ホテルの敷地からは出られないと分かっていながらどこへ行くつもりなのか


「確か須郷は沖縄が古巣だったか」

「はい、征陸さんとも当時ここでお会いしました」


親父か....
ちょうどその時母さんを訪ねた親父に、俺は出島から罵声を浴びせたな
今でこそあの短い時間だけでも二人が再会出来ていた事を嬉しく思うが、そんな粋な気を利かせてくれた青柳もいない世界ではただの手遅れか


「自分が今刑事であるのも征陸さんの

「ねぇダイムは!?」


そういつの間にか隣に来ていた名前は焦った表情
気を遣って少し離れる須郷も憎い程に生真面目だな


「忘れちゃってたけど二日間ご飯とかどうするの!?」

「三係の監視官に頼んでおいたと朝言っただろ」

「あれ?そうだっけ?」

「だから人の話をちゃんと

「なら良かった!はい、これ部屋の鍵。私は唐之杜さん達とホテルの中探索してくるから先に行ってて!」

「は、お前も一度

「あ、化粧水とか洋服は全部出しといて!シワにならないようにちゃんとハンガーに掛けといてね!」

「な、おい!ちょっと待て!」


"まずは部屋の位置を確認してから行け"と言おうにも、小さい花柄のワンピースはもう遠くで揺れている
両手が荷物で塞がっている為に追い掛ける気力も無く、見えなくなって行く名前の活力に溜息が漏れた


「嬉しそうですね」

「あぁ、あいつは随分楽しみにしていたみたいだからな」

「あ、いえ、自分は宜野座さんが嬉しそうな表情をされていたと....」





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