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「もうこれ以上は聞かないでくれ...」

「飲み過ぎですよ」


あれから"露出した格好は普段しないから"という理由を必死に訴えて来ていた宜野座さんは、逃げるようにアルコールを注文した
あまり自分を主張しない人の人間味のある一面が見れて、私は素直に嬉しい


「でも、そもそも入らないのにどうしてここまで来たんですか?」

「着替えなどの荷物持ちだ。随分な雑用だろ」


言われてみれば確かに横には少し大きめな手提げ袋
それくらい更衣室のロッカーにでも入れればいいのに
そうしない名前さんも、


「そうは言っても断らないじゃないですか」


部屋に帰ろうとしていない宜野座さんも


「断る程の理由も無いからな」


表面上どんな言葉を使おうとも、やっぱり互いが心の中心にある
シビュラが稼働する今の社会でも、そこまでの"他人"と出会える事は難しい
例え血の繋がった親子でも今の私みたいに、頻繁に連絡も取らなければ顔を合わすのも年に数回だったり


目の前では浮き輪なり、ボールなりではしゃぐ同僚達
時々大きな笑い声が聞こえて平和な時間の価値を感じる


「名前さん、かなり気にしてましたよ。もうすぐ30にもなるのにまだ子供扱いされるって。私が"大人"で羨ましいとも言ってました」

「お前はそう思うか?」

「私は、"大人"である事の定義は人それぞれだと思います。名前さんから見た私が、一人暮らしで自立していて、監視官というエリート職に就ている点で"大人"だと言うのなら間違ってはいません。あ、でもそれを羨んでいたのは宜野座さんのせいだと思いますよ」


風に揺れたボールが跳ね上がって、それを追うように声が響いた
こうやってじっと動かないでいると少し肌寒いな....


「私とは仕事の話とか、比較的真面目な内容を交わす事が多いじゃないですか。それは宜野座さんが以前監視官だった事も関係しているからでしょうけど、名前さんにはいつも心配ばかりしてますよね。危険な事はさせたくないって任務から外させたり。その相談だって名前さんじゃなくて、直接私に来ますし」

「あいつに話したところで嫌だと突っぱねるだけだ。それなら、最初から監視官が下した人員配置だとした方が受け入れざるを得ないだろ」

「勘違いしないで下さい、私は宜野座さんを責めてるわけじゃありません」

「お待たせ致しました」


そう運ばれて来たのは、隣で飲まれているのと同じ液体
大きな氷がガラスに触れて涼しい音を奏でる


「....相変わらず見かけによらないな」

「悪かったですね、可愛げが無くて」


あの時縢君に勧められてなかったら、監視官になってなかったら
今でもお酒なんて飲んでなかったかもしれない


「私は名前さんの方がよっぽど羨ましいですよ。名前さんはそれが子供扱いで嫌なんだと思いますけど、過剰なくらいに自分をいつも気にかけてくれる人はそう簡単に得られる物じゃありません。それに素直に人に頼る事が出来るって、案外難しいと思うんです」

「....何かあるのか?」

「そりゃありますよ。自分の過ちで親友も祖母も亡くして、それでも仕事は待ってくれない。上司として局長との兼ね合いもありますし、....タバコは未だに手放せません」

「.....」

「でもこんな事誰にも言えないじゃないですか。その横で両親は"いつ結婚するのか"って楽しみにしてるんです」

「相手が見つかったのか?」

「あまりにも促されるので嘘吐いちゃいました。シビュラの診断を受けて付き合い始めたって」


すぐ側にシビュラを介さない温かな愛が存在している上に、この日本を支配しているシステムの正体を知りながら診断なんて受ける気にならない

アルコールが喉を通り過ぎて胸元で熱さを感じる
そのせいなのか
それとも宜野座さんに安心感を抱いているからか
愚痴のように溜め込んでいた物が溢れ出す

吐き出しても仕方ないのに
日頃目にしている優しさとは比べ物にならない他人向けの上辺な気遣いに、結局後悔するのは自分なのに


「実はこの後、沖縄から戻ったら2日間休暇を貰える事になったんです。それで帰省をする予定なんですけど、"相手"を紹介するって約束しちゃって....言い訳を考えてるところです」

「相手は仕事があるとは言えないのか?」

「もうそれは使用済みなんですよ。体調が良くないとかも。ビデオ通話する度に顔を見せて欲しいって言われて、思い付く限りの言い訳は使っちゃいました」

「そうか....何か俺に出来る事はあるか?」


全く同じセリフを言う狡噛さんが想像出来てしまう自分が嫌になる


「宜野座さんを紹介したら母が大喜びしそうですけどね。結構面食いなところあるんですよ」

「....それは...褒めてるのか?」





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