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「そう言えば意外と似合ってますよね、ポニーテール」

「急に何なんだ」

「宜野座さんはもう少し、ご自身が客観的に他の人からどう見えてるか理解した方がいいですよ。この前もモデルにスカウトされてましたし」

「俺が外見を気にかけていると思うか?」

「だから恐ろしいんじゃないですか」

「はぁ....そんな事言っても何も出ないぞ」


それが口先だけじゃなくて、本当に何も出ないのが宜野座さん

名前さんには好かれている顔だとは気恥ずかしそうに言うのに
征陸さんと似た目元が嫌いだったと懐かしそうに呟くのに
"褒めても"全く自分の事じゃないみたいな

でもそこに悪気は一切無いところが宜野座さんらしいと言えばそう

あくまでメディカルのお酒で、身体は一向に暖まらないどころか指先はグラスに伝わった氷の冷気を吸い込んで行く
寒いと一言も言えない
良かったら上着を貸して欲しいなんて言えるわけもない

こんな私を羨ましいと思ってくれる名前さんは贅沢だなんて
他人が決め付けることは出来ないって分かっているけど


「後でルームサービス頼んでいい?」


一足先に着替え終わって歩み寄って来た名前さんは、肩周りに絶え間無くシミを広げている


「もう食べれないんじゃなかったのか?」

「だから別腹だって」


だけどそれはすぐに、足首まで隠れそうなベージュ色のコートの下に隠れて、表情も頭に被された白いタオルに遮られた
残った水気を絞り取るような丁寧な手つきが、"髪を乾かしてあげる"事にすっかり慣れているのが見て取れる

まるで至極当然かのようになされるがまま"モンブラン食べたい"と言葉を繋げた名前さんは、長過ぎるコートの袖を煩わしそうに捲って手首を露わにさせて


「六合塚さんが美味しかっ

「冷たいな」


そうぎゅっと、良く似た白い肌の手が重なったのを見て私はようやくまだ氷が溶け切っていないグラスをサイドテーブルに置いた


「もう...気にし過ぎ、そんなに寒くないって」


いくら沖縄でもこの季節の夜風は冷ややかにプールの水面に波を打たせる


「寒いと感じてからじゃ遅いといつも

「うん、いつも言ってる」


いとも簡単にペースを飲み込まれていく宜野座さんのため息に笑ってしまいそう


「常守さんも一緒にケーキどうですか?奢りますよ!」

「あ、いえ、今ダイエット中で....それにまだこれも飲み終わってないので、私はもう少しここに残ります」

「....常守、あまり一人で抱え込むな。さっきの話だが須郷に聞いてみたらどうだ?」

「...そうですね...」


須郷さんか....
確かに話せば協力はしてくれそうだけど
どこか違う気がするのは須郷さんに失礼だろうか
普段から文句や反対もせずに指示をこなす人だから....やっぱり....


「何?何の話?」

「....いいか?」

「....どうぞ、隠す事でもありませんから」


そうは言っても名前さんの反応が怖い
可哀想だと思われる?
それでも羨ましいって言われる?
自らの体温で指先を温めて、情け無い思念を巡らせながら俯く

佳織に友達でも紹介して貰おうかな...
こんないつかはバレる誤魔化しなんてやめるべきなんだとは思うけど、"相手が出来た"と嘘を付いた時からの両親の期待が胸に残る
お婆ちゃんが亡くなって、きっと陰ってしまわないようにどこか日常にめでたい事望んでる
それか、この状況で一人離れて暮らす娘を想って早く結婚して欲しいのかもしれない

佳織はどうしてるんだろう
しばらく連絡取れてないけど、もうパートナーとか


「行きたいの?」

「なっ、そうとは言ってないだろ」

「でも"力になりたい"って顔に書いてあるよ。放っておけないんでしょ?」

「だから今須郷に

「いいんじゃない?ついでに一泊して、その間子守もしな

「常守、とにかく必要ならもう少し人に頼れ。色相が曇るくらいなら他人に迷惑をかけた方がマシだ。俺もせいぜい話くらいしか聞いてやれないが吐き出すだけで気持ちも楽になる事もある。それからシビュラの恋人適正も受けて害があるわけじゃない、それも一つの手だと考えておけ。悪いが先に戻るぞ」

「は、はい....」


"なら私の話も聞いてよ"と声を上げた名前さんを抱え出すようにして足早に去っていった背中

あぁ....


狡噛さん、すみません....

またやっちゃいました....





「先輩、明日の事なんですけど同行させる執行官は

「ごめん、後にしてもらえる?」





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