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「離して!」

「少し落ち着け!」

「落ち着いてるよ!」


あーもう....言わなきゃ良かった
この間プリン買いに出掛けた時だって抑えられてたのに
どうせ話しても"くだらない"って一蹴されそうだし、実際私達に問題は無い

確かにもう少し認めて欲しい
仕事だって求められてる程度には出来てる
必要の無いスキルかもしれないけど、料理とかなら私の方が腕は上
歳だって一つしか変わらない


「座れ」

「いいってば!」

「名前!」


頭の奥まで響いて来そうな声

心配してくれるのが悪いとは言わない
むしろそれだけ考えてくれているのが善だって分かってる

そしてそれを他人に向ける事も、真っ当な人間の証なだけ


「プールに忘れ物して来ちゃったから

「逃げるな」


半分程開いた扉はすぐに押し戻されて
通用するはずもない嘘を試みた自分に自ら肩を落とす


「....何がダメなの?常守さんが気がかりなんでしょ?だから行きたいなら行ってもいいって

「とりあえず座れ」


テーブルに半分程腰掛けた姿勢で腕を組み始めた姿
予想通り案外似合っているポニーテールが微かに揺れた

プールサイドで話していた間に少し濡れたヘアゴムを返したけど、自分で結ぶのもだいぶ慣れたらしい
意外と切らないでいてくれてるのは、自分でも気に入ってるのかな

絡まる視線が全く解けない静けさに、拒否権は無いのだと悟る
怒るの?
じゃあどうすれば良かったの?
困ってる人とそれを助けたい人の前で、"嫌だ"って言えばいい?
それとも"へぇ"って流せばいい?


「....座ったけど」


ふかふかなベッドの上に体を預ける
目線はやや外して腰辺りを見る
それでも視界に入るプロポーションに"脚長いな"とか思ったり


「今思っている事を正直に言え」

「ケーキ食べたい」

「...二度と甘い物は無しにするぞ」

「っ!それは脅迫だよ!」

「何をどう言おうと、今日は解決するまで俺も休むつもりはない。お前が納得する答えが出るまでしっかり話そう」

「なんで?常守さんの件、行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら行かなくていい。それこそ本当に須郷さんにでも相談すればいいし、どうするかは常守さん次第。ただ、伸兄が"助けてあげたい"って思ってるのは分かってるから私のせいで迷って欲しくないって事。問題ある?」

「それより本音を言え、真剣に聞くと約束する」

「....分かってるんだ...私が"馬鹿にされる"って思ってるの....」

「そうでもなければ遠慮無しに言うだろ」


まるで私が何も考えてない、傍若無人に振る舞う人間みたいに
と一面に広がる絨毯に視線を切るも、間違ってはいないかもと勝手に落胆する

何だったらそれがこれまであまり言わないようにして来た理由でもある
完全なる自業自得、自分の落ち度だから


「別に...大した事ないよ」

「はぁ....」


....そんな溜息つかれても
呆れられてるような空気がまた私のコンプレックスを引き上げる


「言っても仕方ないし....今は常守さんの事どうするか考えなよ。わざわざ伸兄に明かしたって事はそれだけ信頼してるんだと思うよ。本当に一緒に来て欲しいのかどうかは別にして伸兄に頼りたいのかも。年長者なんだし元先輩としても助けてあげたら?」

「....、ちょっと来い」

「え?」


そう足裏にしっかり体重を乗せて立ち上がった様子から、解かれた腕の動きに合わせて指輪が光った
普段なら温かく感じるそれも今は私を追い込むだけ


「何?座れって言ったのはそっちじゃん」

「要らないのか?」

「え、いる!食べる!」

































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「美味しい!二つ頼めば良かったのに」

「やめておけ、二つも食べれないだろ」

「そうじゃなくて伸兄の分」


ケーキ一つでここまで表情が明るくなるのも大したものだ
まだ湯気が立つコーヒーに片手を添えながら見守る"幸福"

こんな時間にカフェインを摂るのもどうかとは思うがまだ夜は長い


「半分明日に残しておこうかな」

「気にし過ぎだ、欲しいならまた注文すればいい」

「あ、言ったね?男に二言は無いからね!」


全く....敵わないな

また再び柔らかい生地の中に溶け込まれていったフォークから、大きく頬張る口元
僅かにはみ出た栗色のクリームが口角に残る
誰も奪ったりなどしないというのに


「え、あ

「俺はお前を子供扱いしたいわけじゃない」





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