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「....そんなわけ無いじゃん。私と他の人じゃ全然扱い違うし、あれもダメこれもダメばっかり!」
「そうだな」
「ちょっとくらいハメ外したって何も無いのに、夜更かししてもすぐ怒る!でも常守さんとかならそんな事気にも留めないでしょ」
「あぁ」
「それに、仕事を始めてからも"10時までに帰って来い"とか高校生じゃないんだから!次の日"あの後終電逃しちゃって皆で朝までカラオケ行った"って言われるんだよ?その時の私の気持ち考えた事ある!?」
「当たり前だ」
「....じゃあ数年前の友達との温泉旅行行かせてくれなかったのは?」
「それで良かったと思っている」
「なら常守さんが休暇を取って旅行に行くって言っても止めるの?」
「俺には関係無い」
「いつも"自分と同じ轍を踏ませないように"って気にかけてるのに?」
「常守はあいつ自身の全ての決断に自分で責任を持つ。アドバイスだけして、それをどう扱うかはあいつ次第だ」
「....なにそれ、私には責任能力が無いって事?そんなに信じてくれてないの?」
「信じていなければ婚姻どころか、25年も共に暮らしていない」
「....だったら!
「その全てを考慮した上でも、一時の甘さで後悔したくはない」
「.....」
静寂が支配する空気をフォークが置かれる金属音が裂く
全く冷静な表情で見つめて来る状況に言葉が出ない
"後悔したくない"って....
私だって後悔したくて動いたりなんてしない
物事の良し悪しくらいは、葛藤する時もあるけど判断出来る
なのに
「....だからそういうところが不公平なの!誰にでも優しくするのに、何で私だけそんなに制限されなきゃいけないの?」
「それだけお前に重きを置いているからだ。兄妹だろうが夫婦だろうが、血の繋がりも無かろうが、お前はもう俺にとって唯一の家族と言っても過言じゃない。他人と同じ扱いが出来るはずがないだろ」
「それは....そう、だけど....」
「確かにお前を純粋に未熟だと思っている部分はある。実際何をするにも危なっかしくて仕方ない」
「....そこまで不器用じゃない」
「分かってはいるが、俺が気にし過ぎているのかもしれないな」
なんて言って、少し顔を逸らして目の前でふっと優しく笑った
まだまだ良くない心情が収まらない私の目の前で
「変な奴に騙されないか、自ら怪我をしてしまわないか、それこそ咳一つでも焦るくらいだ。お前も馬鹿じゃなければ、人間である以上風邪くらい引くと理解はしているんだがな....前にも言ったがどうしてもお前の苦しむ姿は見ていられない。俺もお前もこれまで人一倍散々な苦労をして来ただろ」
「.....」
「だがそれでお前がそこまで窮屈な思いをしているなら俺も考え直そう」
「...私は、ただ....」
もう....何がしたかったんだろう
悪気は無いって
本気で私の為を思ってしてくれているだけだって分かってるのにこんなに嫌々言って
結局伸兄が正しい事に間違いは無いからこそ、どんどん惨めになっていく
自分の中で葛藤しているだけの矛盾
何でもかんでもダメだと抑えつけてくるのが嫌なのに、それが正しいとは分かってる
結局無理矢理自我を通しても、何かあって嫌な思いをするのは私
その時になって言う事を聞いておけば良かったと後悔するのも私
そしてそれを見て私の代わり以上に心配して辛そうな顔をする伸兄にまた苦しくなる
常守さんの事も伸兄が態度を悪くすれば"もっと優しくしてあげて"って怒るのは私
それで本当に優しくして八方美人だと嫌味を言うのも私
その上で、自分より立場が対等な関係を築いているような二人を見て卑屈になる
「....私は、妻としてどうなの?釣り合ってないの?」
「....おい、泣く事じゃ
「一緒にいてもすぐナンパされるし、結婚してるって言っても迫って来る人もいるじゃん!私そんなに魅力が無いの?こんな妻相手にならない?すぐ奪えるって事?」
「そんな事は
「この間の先輩も!指輪に気付くまでは、すぐ隣にいた私に見向きもしなかった!それで気付いてからもご飯行こうって、私を何だと思ってるの!?」
「....何だとしてもお前は
「だから子供っぽいって事でしょ!?あの先輩も"もっと大人びた人が好みだと思ってた"って!それと同時に伸兄も子供"みたい"な扱いして来るし!皆して....もう自信なんて無いよ....」
酷いよね....
こうやって当たっても何の解決にもならない
自分で受け入れて、自分で成長するしかない
もっと綺麗になる努力とか、免許でも取るとか
「....どうして欲しい?」
涙を掬うように包まれた頬が暖かい
「....ブサイクにでもなってみたら?」
「はぁ....」