▼ 363

「もう少し現実的な提案をしてくれ」

「無いよ、急にロリコン嗜好になられても困るし。....もういいから、ごめん」


添えられていた手を振り払って立ち上がる
開けた視界で見上げられる表情から逃げるように浴室に向かった

こうやって悩んでるから弱いって甘く見られるんだ
気にせずに、堂々と出来るように
私が強くなればいい

これだけ騒いでおいて、一周回って自分の欠点を自覚するなんて、面倒臭いね



「ちょっと待て!お前が納得するまで話をすると言ったはずだ」

「納得したよ。もうお風呂入るから、ほら」


プールにあるシャンプーじゃなくて、自分で持って来た物を使いたい
涙が乾き切って気持ち悪くなる前に洗い流したい
それに、少し一人になりたい

一人で落ち着いて、整理して、考えて


「名前!」


吹っ切れたい


「だからお風呂入るから出てっ

「どうしてそう身勝手なんだ!」

「....え?っ、痛い!」


突然キーンとなりそうな程に響いた声と、グッと重い痛みが腕に

その衝撃に咄嗟に苦痛を訴えると


「...、わ、悪かった」


なんて似合わないくらい途端に萎縮するんだから、私も何か悪い事をした気にでもなってしまう


「こういうところだな....」

「な、なに...?どうしたの?」

「いや、いい。朝から航空機に乗ってもう疲れただろ。せっかくだ、ゆっくりして来い」

「え、ちょっと!」

「俺は少し出て来る」

「待って、ねぇ!どこ行くの!待ってってば!」


他に誰もいないとは言え、半分服を脱いだ状態で浴室から出るのは気が引けて思い切り声を張ったのに
返されたのは扉が開いて閉まる音

複雑な気持ちで振り返った先には、バスタブに浮かぶ何枚もの赤い花弁
これぞ"高級スパ"ってイメージを具現化したよう

曇って行く心情と反比例して刻々と水面が輝気を増しているように見える








悲しませちゃったのかな....
"身勝手"って....その時は戸惑ったけど今は分かる
だって同じ事を今度は私が思っているから

何も聞いてくれない、話してくれないで出て行っちゃった

素直に心配
不安


「...ひどい」


鼻下までお湯に浸かって頬を膨らます

これじゃ伸兄の事ばっかり言ってられない
さっきの、あの急に悲しそうというか、悔しそうというか
あの顔

あの表情を見せられた瞬間、一気に心臓を強く握られたような感覚がした

驚くくらい焦りを感じた

傷つけたかも
失望させたかも
そんな考えがグルグルと回り回って

私達、馬鹿みたいに同じ事してるって気付いた

....笑っちゃうよ
そんなとこ似てどうするの
どうせなら私も美女になるように似させてくれれば良かったのに
なんて、血縁でも何でも無く無理がある願いを考えてみる

もっと痩せれば綺麗になれるかな
でもベースがそうじゃないといくら頑張っても無駄?
特別醜くもないとは思うんだけど....
女優さんじゃないし

薔薇の花びらで隠れる下で、お腹や太腿を軽くつねってみる
見せられない程太ってもなければ、モデルが出来そうな程痩せてもない
これが"健康生活"の賜物なのかもね


....


....


水の音と、自分の呼吸音がよく響く
いつの間にか外からは微かに話し声が聞こえる
誰と話してるんだろ

....たまには私が折れないと













「....あぁ、それでいい。....すまないな、今度何か...、っ、少し待ってくれ。....どうした?タオルなら中に無かったか?」

「誰?相手」

「ダイムの世話を頼んだ監視官だ」

「....あっそう」

「何だ、化粧品か?」

「いや....忙しい?」

「....悪い、少し用事が出来た。....あぁ、明日もそれで頼む。....それはそのままにして置いてくれ、帰ったら俺がやっておく。....分かった、あぁ、礼を言う」

「....別にわざわざ切り上げなくても良かったのに」

「優先順位というものがあるだろ、それに大した話じゃない」

「あのさ....嫌だったらいいけど、伸兄も言ってたみたいに"せっかく"だから。....入る?一緒に」





[ Back to contents ]