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「それで?どこ行ってたの?」

「下で土産を見て来た、さすがに手ぶらで帰るのはな」

「何かいいものあった?」

「適当に菓子の詰め合わせを買っておいた」


背中で直接感じる息の振動と、目の前で左手首のデバイスをいじる手元
浮かび上がった画面に表示されたのは沖縄らしいパッケージの箱


「6個入り?もうちょっと多くてもいいと思うけど」

「社交辞令だぞ、ゴマを擦りに行くわけじゃない」

「沖縄なんか滅多に来れないんだから、多めに買ったって損はしないよ」

「お前も随分な八方美人だな」

「....マナーでしょ」

「同感だ」


なんとなく向かい合わせは気恥ずかしくて背中を預ける形になった今
二人分の体重を受け入れたバスタブの外には、代わりに押し出された花びらが散らばっている

この豪華でお洒落な内装には水に弱いホロは使えない
だからこそ今はお風呂がどれだけ良く作られているかが、ホテル含め建造物の鍵

お金かかってるんだろうな...


「私さ、整形しようかな」

「...は?」


首だけで振り返った目と鼻の距離の先には、明らかに怪訝そうな顔


「小顔にしたり、鼻をちょっと高くして見たり。豊胸も良いかもしれ

「良いわけないだろ!そんなもの絶対にダメだ」

「プチ整形だよ!15分くらいで終わるし、失敗なんて無いんだから!」

「成功しようが失敗しようが、どれだけ気に入らなくても二度と取り返しがつかないんだぞ!そもそも何の為に整形なんかするんだ!」

「だからもっと綺麗になりたいの!自信を持って堂々として、誰にも馬鹿にされないように

「つまりどこの誰かも分からない人間の為に身体に刃物を入れるのか?」

「女の子なら誰でも、もっと可愛くなりたいとか思うじゃん!」

「お前はそんな事を考える必要はない!」

「....え?」


その言葉に思わず思考が停止する
"必要無い"って
それは


「なんで?なんで必要な

「とにかく整形は無しだ!代わりに服でも化粧品でも好きなだけ買えばいい」

「ちょっと待って!」

「っ!やめ

「なんで私はもっと可愛くなりたいって考えなくていいの?」



互いの髪から滴る水が浴槽に張られた水面を打つ
逸らされた視線から言いたい事は予想出来るけど、聞きたいからこそ両手でしっかりこっちを向かせる
恥ずかしそうにあたふたする表情が可笑しくて、いつもの飄々とした勢いは思った以上に緩いんだとつい笑ってしまいそう


「....わざわざ聞くな、のぼせる前にもう出るぞ」

「またそうやって逃げる!話してくれないなら整形行くからね!」

「はぁ....」


一度下がった水位が再び胸元を覆う
その中で、数秒程とは言え外気に晒された義手の鋭い冷たさが際立って横腹を掠めた

本当に変わった
髪型だけでもだいぶ印象が違うのに、身体ももっと男らしくなって、何というか....
追いたい女の子が出て来るのも分かりはする

私だって別に"イケメン夫"を自慢したいわけじゃない
確かにお母さんの面影を強く残した顔は好んでる
それが客観的にはイケメンだと言う事も理解してる
でもだからと言って、伸兄は私の"自慢のイケメン夫"ではない

私を全て理解してくれていて、いつも最善を考えてくれる
絶対的な信頼と心地良さを与えてくれる唯一無二の存在
....って綺麗事をどれだけ並べても、私も目が肥えてないはずがない


「....写真を撮った時にも何度も綺麗だと言っただろ」

「あの時は着飾ってプロにメイクまでしてもらったんだから、それで綺麗じゃないなんて言ったら離婚してる」

「お前は素直に物事を受け入れられないのか」

「言葉にしてちゃんと言わないと伝わらない事もあるでしょ」


一般的な物よりほんのわずかだけ大きいだけのバスタブ
どうしても肌は重なる
ボディーソープの香りが充満した部屋で意地悪く注ぐ期待が、


「....俺の負けだ」

「っ....」


目前に


「....どうしてもやりたいなら止めはしない。だが、少しでも考慮の余地があるなら、ずっと変わらずにそのままでいて欲しいと言う俺の願いを聞いてくれ」


息で触れ合う距離にある目
真っ直ぐ私を抱き抱えるように見上げて捉えている目


「....ふっ」

「....笑うところじゃないだろ」

「やっぱりそういう優しさは伸兄らしくないね。正直に怒鳴ってくれた方が安心する」


その目がくらっと揺れて色を変えれば
それは感情が溢れ出す合図


「....あまり世話を焼かせるな」


引き寄せ合うような引力はまるで磁石みたいで
角度を変えてもまた引かれ合う
柔らかい
温かい
徐々に同じ色に染め上げられていくのが神経で伝わって来る


「っはぁ....焼きたいくせに」

「全く否定出来ないな」


もう、何に悩んでたんだっけ

後頭部に伸びて来た手が、湯船に浸からないようにと束ねていた髪を解いて背中をなぞる

































「もう疲れたの?老けたんじゃない?」

「無駄口を叩ける程には余裕があるんだな?」

「え、そういう意味じゃ

「冗談だ、あまり早急にしたくないだけだ」

「....でも明日朝ごはん早いでしょ?あんまり遅くまでは....」

「またルームサービスでも頼めばいい」

「欲には勝てないって?」

「....俺もこれでも男だ。それとさっきの話だが、それ以上綺麗になられても困る」





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