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「え?来てくれるんですか?」

「あぁ、だがついでにあいつも連れてお前の地元を観光でもさせて欲しい」

「それは構いませんが....」

「もちろんお前の判断次第だ。嫌なら断ってくれていい」


扉の奥では都知事と名護基地の最高責任者が対談の最中
建物自体の入り口を霜月さんと雛河君が、会議室前を私と宜野座さんが警備の担当をしている

そんな中で突如と振られた話題
私自身ですらもはや諦めて考えてもいなかった話を持ち出されて、どう反応して良いのかも分からなかった


「嫌だなんて....でもあれは半分冗談ですよ。名前さんも反対してましたし」

「あいつとはしっかり話し合った上での合意だ。そこは心配するな」

「そ、そうなんですか...?」


とは言われても、いくらお互い承認した上での嘘でも既婚者を恋人だと紹介するのは悪い気がしてしまう
それでも頼ってしまいたい気持ちはある
他の人にお願いしなくて済んだり、"嘘だった"と両親を悲しませもしない


「信じられないとでも言いたそうだな」

「当たり前じゃないですか、私が名前さんなら嫌だと思いますから」

「監視官である事の諸々の重荷は理解している。それをもう社会的地位の無い俺達が軽減出来るなら本望じゃないか?」

「あんまり優しくすると遠慮無く頼っちゃいますよ」

「それくらいがお前には丁度いいと思うんだがな。どうせ言っても聞かないんだろうがいつも一人で背負い過ぎだ」

「上司ですから。気を抜くわけにはいきません」

「そういう事を言ってると俺みたいになるぞ」

「それはそれで私達よりずっと幸せそうで羨ましい限りですけどね」

「....お前が潜在犯になったら刑事課は終わりだ」


ついさっき自動販売機で購入していた缶コーヒーのプルタブを、音を立てて開けた指先
どんな話し合いをしたんだろう
昨夜、話を聞いた名前さんの反応は良いものとは言えなかった
宜野座さんが"行きたい“と説得したのか
名前さんが"行って来れば"と強がったのか


「では名前さんは私の友人だと紹介しても大丈夫ですか?」

「あぁ。指輪も外して行くから心配するな」


驚く程に凛としてる
缶を口元に運ぶ度に、スーツの良質な生地で作られた肩部分が張り詰める

以前外回り中に、そのスーツ姿を買われて"ファッション誌のモデルをして欲しい"と声をかけられていた
でも"潜在犯が雑誌に載るわけにはいかない"と、宜野座さんらしく丁重に断っていた
確かに刑事として不特定多数の目に触れる事は好ましくないけど
もったいない気もしていた


「本当にいいんですか....?後で名前さんを悲しませる事にはさせたくありませんよ」

「そうなら俺が同意していない」
































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「唐之杜さん」

「ん?何かあった?」


ほぼ裸で背中をさすられているこの状況
ホテル待機組の私は、唐之杜さんに誘われてスパに来た
2時間コースで金額にはギョッとしたけど、それくらいで怒られはしないかなって


「私って客観的に見てどうですか?」

「どうって、すっごく可愛いと思うけど?」

「ほ、本当ですか...?」

「嘘なんてつかないわよ。でも、どちらかと言えば顔は綺麗なのに言動が可愛いのかしらね?どうしたの?突然」

「いえ....全然モテた事がないので....」

「あぁ名前ちゃんよく言うわよ!宜野座君に慎也君、二人ともタイプは違うけど、あれ以上に良い男なんていないも同然よ」

「....確かに狡噛さんは格好いいです」

「あら、ご主人泣いちゃうかも」


狡噛さんの事、忘れてはいない
でも思い出す事も、感じる罪悪感ももう薄れてしまった
もう遠い人のよう
どこで何をしてるのかも分からない
生死すらも分からない

それでも皆まるで、"転校した友達"みたいに時折話題に出すものだから
私も記憶の中の人として


「まぁそれはいいとして、モテないって告白とかの事?」

「はい....伸兄と違ってナンパも何もされないし、少し悔しくて....」

「また可愛い悩みねぇ、それで最近美容に興味があるのかしら?」


いい匂い
使って来れてるオイルかな
甘いけどスッキリするような、本当に癒される匂い
カップルコースもあったし....でも義手にオイルはダメかな


「名前ちゃんがモテないのは100%ご主人のせいね」

「え?何でですか?」

「あんな男が横に付いてる女の子なんて、よっぽどの馬鹿じゃない限り手出しできるわけないじゃない」

「ど、どういう事ですか?」

「お宅のご主人、容姿は言うまでもないわね。名前ちゃんは分からないかもしれないけど、側から見たあなたへの溺愛っぷりったらもうすごいのよ?他人が付け入れる隙間なんて無いくらいに。そんな完璧男に真っ向から挑もうとする程愚かな事は無いわ」

「....じゃあ、反対にやっぱり私はそんなに魅力が無いから伸兄には....」

「名前ちゃん、お人好しじゃない?優しいからこそ舐められちゃってるだけよ。もしどうしても気になるなら出会い系コミュニティに試しに登録してみる?あっという間に1位になっちゃうと思うから」





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