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「うそ....」

ど、どうしよ....

時間が経つにつれ勢いを増す通知の音
マナーモードにしたところで消えるわけじゃない
デバイスの画面を点ける度に全体を覆ういくつものメッセージ


1時間くらい前

私はスパトリートメントの後唐之杜さんの部屋へ行った
そこでは六合塚さんがヘッドホンをしながらタブレット端末で動画を見ていた

『本当に大丈夫ですか?潜在犯がコミュニティにアカウント登録するなんて....』

『私を誰だと思ってるのよ、それくらい簡単に何とかなるわ』

『ちょっと志恩、まさか』

って調子で私の適当な顔写真と適当なプロフィールで、パパッとそれらしいアカウントを作ってしまった

私でも名前を聞いた事がある大手のサイトだし、ユーザー数はかなりの数字を誇っている
昔学生時代に居た気がする名前も見た


"今度食事にでも行きませんか?"
"僕も犬飼ってます。是非お会いしてみたいです"
"いいお店知ってます。ご馳走させて下さい"
"めっちゃタイプです!"

相手の男性を見ると流石におじさんと言わざる得ないような人だったり、まだ制服を着ててもおかしくなさそう人だったり

....なんで私なの?
本当にモデルさんみたいな女の子も沢山いるのに

しかもこのサイトは男女別に"人気ランキング"という驚きのページまであって、私は今47位
ほんの30分前はまだ圏外だったのに

まだ既読を付けていないメッセージは150件を超えた
一人ずつ"ごめんなさい"の返事をしているけど、その多くがまた何か返して来る
"じゃあ再来週はどうですか?"とか

とりあえず一度返信したものは置いといて、もうずっと同じ文章のペーストと送信を繰り返してる
気付けば窓の外では海の上にオレンジ色に輝く夕陽が乗ってる時間

そろそろ帰って来るはず
夜ご飯ももうすぐ
その間にもメッセージの新着件数はどんどん溜まっていく
今時皆シビュラの恋人適性で将来を決めるのに、やっぱりこれだけの人が、顔だけでもいいから自分で選びたいと思っているらしい

男性版の人気ランキング上位の人数人からもメッセージが来てる
なのに全然魅力的だと思える人がいない....
なんだろう
ドラマとか出ててもおかしくないし、それなりに整った顔はしてると思うんだけど....

そういえば私、あまりモテた事が無い以前に自ら恋もほとんどした事ないんだっけ
それこそ確かに一人だけ

私の理想が高いのかな....

































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おかしい


「そろそろ準備しろ」

「....うん...?」


帰って来てから変化した事は2つ
5万8千円の"スパトリートメント"と書かれた領収書と、もう一つはベッドの上で寝転がり動かない名前だ

ずっとタブレット型デバイスに向かっていて全くこっちの話を聞いていない
何か動画を見ている訳ではなさそうだが


「名前」

「.....」

「名前!」

「な、なに!?」

「何じゃない!さっきから夕食に行く準備をしろと言っているだろ!」

「あ、ごめん。今着替える」


そう画面から目を離さずにゆっくりと起き上がった姿に俺は疑問だらけだ
何をしているのかと聞いても、"何でもないよ"と言うだけ
危険な事でも無い限り深く踏み込むつもりは無いが、










「....おい」

「ん...?」

「食事中だぞ」

「あ....ちょっと待って」


ここまで来ると無視は出来ない
ようやくテーブルに置かれたタブレットの画面は、すぐにまた明るく光り、内容は見えないが通知らしきものがいくつも重なっている


「...で今日どうだった?」


それのせいか、すぐに今度は裏返して置き直された端末
どう見ても何か隠しているな


「大した事は無かった。それよりお前の方が随分と楽しんだんじゃないか?」

「うん、スパ!すごい良かったよ!今日私いい匂いしてると思わない?」

「まさか欲しいとは言わないだろうな?」

「....でも確かにボディオイルとか、ボディーローションは買ってないから....ね?」

「はぁ....」


俺が甘過ぎるのか
名前がそれを分かっていて利用しているのか
どっちにしろ出来る限り満足させてやりたいと思うのは、どうせ名前以外にそうする価値のある人間も見当たらないからだろう

もっとも、そんな相手探してもいなければ見つかるはずもない


それにしても
度々こっそりタブレットをめくって見ては、小さく溜息をついてるのは何なんだ?





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