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「....もう....」


自分のデスクの端に置いてある鏡を見てため息を吐く

先日付けられた跡が、ブラウスを第一ボタンまで締めないと見えてしまう位置にあるのだ
薄くはなって来てるけど...

デスクに向いている間は、そう見る人もいないだろうと苦しくてボタンを開けている



久々に戻ってきた人事課の視線は痛かった

当たり前だ

同僚の子たちの中の最後の私は、食堂で監視官様にキスされて、座り込んで大泣きしていたのだから

....休憩時間が怖い



と思っていても時間は待ってくれない
パソコンの端の時間表示を見ると、昼休憩まであと3分


これから一人でお昼食べる事になるのかな...




という私の心配が無駄だったかのように、


「名前、食堂行こ」


と声をかけてくれる女の子達

その一言にどれだけ安堵したか彼女達は知らないだろう



「うん、お腹空いたね」
























久々の食堂のカレーライス

美味しそうな匂いにスプーンを掴...もうとした


「ちょっと待った名前!!」

「え、何!?」


突然のことに驚いて、掴みかけたスプーンを落とす


「名前のカレーライスは、私達による質疑応答が終わったら食べて良し」


....やっぱり来たか
覚悟はしてたけど


「5人いるから一人一問ずつね。じゃあ私から!ずばり、あの日名前にキスした監視官様とはどういう関係?」


うわ、初っ端からかなり直球
でももう誤魔化しても仕方ない


「兄、あいや、血縁者じゃなくて幼馴染みみたいな人が居るんだけど、その人の親友。狡噛さんとは高校時代に出会った」


...みんなの反応が怖い
入局するよりずっと前から知り合っていたなんて、絶対絶望される


「....そっか、私達がこんな感じだから言いづらかったよね。じゃあ次」


....私こそあなた達の事を勘違いしてたみたい
許してね


「はい、じゃあ、あの時話に上がってたギノって?」

「.....本当に皆怒らない?」

「目の前でキスまで見せつけられたのよ、もう怒れないよ」

「.....みんなが言う“眼鏡様”...かな。私の事実上の兄で一緒に住んでる.....ごめん黙ってて」



さすがにこれには皆唖然だ
打ち明けた事を若干後悔する



「....マジか....じゃあ次私ね。狡噛さんとは付き合ってるの?前に名前、狡噛さん派って言ってたよね?」

「それはない!むしろ付き合いたかったよ...」

「どういう事?」

「....監視官って大変なんだよ」


私の一言で全員が察する
もうあの時程引きずってはないけど、悲しくないと言えば嘘になる


「じゃあ、私から。4人目ね。眼鏡様の好きな物は?」

「え、好きな物?」


なぜか慌てて首元を押さえる


「うん、眼鏡様派の私含めた3人は絶対気になる!」

「好きな物...観葉植物かな?あとは犬飼ってる」

「犬飼ってるの!?私も!それを話のタネに出来ないかな...」


観葉植物はどこ言ったんだと突っ込みたくなる


「私が最後ね。んーっとね...じゃあ、名前、男できたでしょ!」

「え!?」



予想してなかった質問に腰が抜けそうになる



「な、なんで急に!?」

「私も気になってた!名前今日ずっとボタンしっかり閉めてるし、すごい首触ってた」

「首を隠す理由なんてね?アレくらいしかないよね?」

「うんうん!彼氏紹介しなさいよ!」

「ち、違うよ!彼氏なんていないって!」

「じゃあその襟の下には何が隠されてるのかなー?」


そう私に伸びる手に、すかさず立ち上がる
....やばい、墓穴掘ったかな


「本当に!これについてだけは無理!でも彼氏は居ない!それじゃダメ?」

「....んまぁ、そういう質問だったからね、しょうがないか」

「じゃあ、はい、カレー食べな」



再びゆっくり席に着いてスプーンを持つ
器の中の物は、既に少し冷えていた



「名前、別に私達は名前の事恨んでないから。これからはちゃんと話してね」

「....うん、ありがとう」

「じゃないとこっちがビックリしちゃうよ!」

「ご、ごめん...あの日は私もビックリした」

「やっと入局初日の謎が解けたね...」



その言葉に狡噛さんを思い出す

端末で退勤したら刑事課に来いって言われたっけ

貸してもらったスーツのジャケットの温もりが懐かしい

















狡噛さん、話したい事、聞きたい事がたくさんあります

あの時のキス、勘違いしてもいいですか





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