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「朱はどうですか?昔から何でも頑張り過ぎちゃうところがあるから」

「お、お母さん....」

「近頃も仕事でかなり重責を感じているようです。公安局の事は深くは分かりませんが、あまり無理をしないようにと何度か伝えています」


宜野座さんの嘘が混じった本当
"深くは分からない"なんて、私よりずっと長く公安局にいるのに

この彼氏役の演技は意外とハマっていて、両親からの質問もそれなりにスムーズに答えてる
その度に私は名前さんが気になってしまうけど、お母さんとお茶を淹れて来たあの僅かな時間でもかなり打ち解けていた


「経済省ではどんな仕事をしてるんだ?」

「あ....じ、人事の職に就かせていただいています」


咄嗟に思い付いたであろう回答に、隣では名前さんが少し俯いた気配
多分笑いそうになっちゃったのかな

ここにいる全ての人物の関係性をちゃんと知っている私はその違和感が拭えない
同僚とは言え、この家に潜在犯を二人連れて来る事になるなんて全く思わなかった
征陸さんがいたら反対してたかもしれないと思うと益々申し訳無くなってくる

親孝行なんてまだ何一つ出来てないのに


「そうだ、いつものチーズケーキ買ってあるの」

「小学校の近くの?」

「うん、彼氏君も来るって言うから奮発してワンホール買っちゃった」


そう嬉しそうに言うお母さんに私はどんな顔をしたらいいのか分からない
なのに宜野座さんも名前さんも何食わぬ様子だし、自分だけ緊張してるのが恥ずかしい


「用意して来るからちょっと待ってね」

「手伝います」


こう見ると名前さんは全く子供っぽいなんて事も無い
気が利かない人は本当に出来ないのにちゃんと家事も率先して行動してる
やっぱり自分を曝け出して甘えられるのは宜野座さんの前だけで、それだけ信頼しきってるという事

そんな相手に私も出会えるのか
きっとこの世界のどこかに居るとは思いつつも大体という欲すら今は湧かない
温もりは欲しい
でも探す気にはなれ...


「....っ」


唐突に感じた強い視線に横を向くと、それは私ではなくその先のキッチンに届いていた
そこではちょうど名前さんが包丁を手に、ケーキに差し込むところ

....きっと意図してやってるわけじゃないんだろうな....
包丁くらいなら比較的日常でも持つ上に、確か名前さん時々料理するとも言ってたはず

宜野座さんの心配性はもはや"性格"以上だと思う


「そんなにケーキが気になるか?」

「い、いえ....」





























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『夕飯の買い出しに行こうと思うんだけど、朱と名字さん一緒に来る?』

優しいお母さんの一声を私が断れるはずもなく、従順についてきたスーパー
道中で聞いたその裏の意味は"お父さんが彼と話したい"


「大人数だし鍋にしようかな、どう思う?」

「私は何でも大丈夫だからお母さんが食べたいもので良いよ」


今頃どうしてるんだろう
恋人として相手の父親とどんな会話をしてるんだろう

不安とか嫌な気持ちというよりも好奇心が勝ってる
失敗しないようにってすごい予習してたし、そもそもこんなシチュエーションは滅多に無い


「名字さんは苦手な食べ物とかある?」

「ネバネバしたものがあまり好きじゃないです、でもそんな気にしないで下さい」

「もう遠慮しないで!娘がお世話になってるお礼よ」


お母さん本当に嬉しいんだろうな....久々に娘に会えて
ずっとニコニコしてるのが分かる
その表情も確かに常守さんとよく似ているし、声もそっくりかも

母娘で野菜や肉をカートに入れていくのを後ろから見守る

スーパーすら長い間来てなかったな....
売られてる物の原材料は全て一緒だけど、それでも家庭用サーバーで作れる物とクオリティーの差はある


「それにしても彼、素敵じゃない!」

「あぁ...うん」

「もうこの歳だけど私まで恋しちゃいそう!」

「やめてよ....」

「チューくらいはした?」

「し、してないよ!まだそんなんじゃないってば」


あ、そう言えば今年バレンタイン忘れてた





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