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「お詫びって事じゃないんだけど、今日くらい二人も泊まって行って」
「しかし....」
「私達も出来ればもう少し朱と居たいから」
責任を感じているのか、何度も謝罪して頭を下げていた宜野座さん
私も私で両親に何と言ったらいいのか分からなくて
事の発端は夕食時
本当に良く気を遣っていた名前さんは忙しなく動き回っていた
箸やお椀が足りない、飲み物が欲しい等と声が上がればすぐに立ち上がってほとんど鍋に手を付けられてなかった
とは言え私もそれに気付いたのは、宜野座さんが丁度一人前くらい鍋の中身を器によそったのにそのまま箸を置いたのを見て不思議に思ったよりも遥かに後だった
そしてお父さんもメディカルビールの缶を開けてしばらく経った時
"素敵な人が見つかって安心したわ"なんて皆で談笑していた時
突然
『おい!』
と大きく張り上げた声と共に宜野座さんが席を立った
名前さんは買い出しの時にかったフルーツの準備中
何が起きているのか全く分からない私達、特に両親は状況把握に精一杯で動けもしなかった
台所でこちらに背を向けた二人
聞かれないようにかコソコソと話されている会話の内容は分からない
少しして戻って来たのかと思えば、食卓を素通りして名前さんの鞄を漁りに行った様子
何かを手にして再び台所に着くとまた向けられたのは広い背中
結局その後しばらくしてから聞いた事情は、普段リンゴの皮を剥かないが故に"無理をして"しまったそう
軽く親指を切ってしまい血も滲む程で大した怪我じゃないって、お母さんも一安心してた
痛がる悲鳴どころか物音一つ私の耳には届かなかったのに、入れ替わりでお母さんが離れたダイニングテーブルで、名前さんは宜野座さんが使っていたはずのお椀から白菜を口に運ぶ
....あの時のはやっぱり取っておいてあげてたんだ
そうやっと不可思議に思っていた行動の意図を理解した時、自分の愚かさを痛感した
そもそも両親に嘘をつく事自体褒められた考えじゃないけど、それ以上に私は宜野座さんの優しさに目が眩んでいたのかもしれない
きっと上手く助けてくれるって
でも何をどう抗っても変えられないのは名前さんへの絶対的な関係性
どんな状況でもその為なら全てを投げ出してしまうような人だから、恋人役なんて本人がどれだけ乗り気でも出来るわけがないって気付くべきだった
そしてそれは誰から見ても明白で
『....実を言うとな、朱達が出掛けていた間二人きりで話してた時から少し気付いていたんだ』
お母さんが引き継ぎカットしたフルーツを食べ終えた頃お父さんがそう口を開いた
『同じ男としては、本当に心に決めた相手がいる奴の顔はどことなく分かる』
『え?ちょっとどういう事?』
戸惑うお母さんの声が私は重かった
それだけ"恋人"を気に入り、喜んでくれていたから
裏切るような形になったのが、どうしても
『....ごめん、改めて紹介するね』
だから今度は嘘偽り無く話した
"恋人"じゃないだけでは無く、元監視官の先輩で今は二人とも執行官だという事も
つまり今同じ食卓を囲んでいる二人は社会から隔離されるべき潜在犯
私は両親の反応が怖かった
名前さんも以前の事があったからか、かなり緊張しているようだった
宜野座さんは"申し訳ありません"と頭を下げて
もう皆覚悟を決めたようだった
『....朱、ごめんね』
『お母さん....?』
『プレッシャーをかけちゃってたなんて、親失格だわ....』
『心配だったんだ。お婆ちゃんが亡くなったって聞いて、朱は東京で独り。きっと寂しく辛い思いをしているからせめて誰か寄り添える人が居ればと....余計な事をしたようだね』
私も両親の意図は分かってた
そんなに心配してくれているなら安心させたいと思ってしまったが故
虚偽を作り上げてまでそれを成し遂げようとしたのが間違いだった
....そういうところが親子なのかな
お互い少し行き過ぎたみたい
「お詫びって事じゃないんだけど、今日くらい二人も泊まって行って」
「しかし....」
「私達も出来ればもう少し朱と居たいから」
「潜在犯だという事を気にしているなら安心しなさい。これまでの時間で二人とも素晴らしい人間だと充分に分かった。それに朱が連れて来たんだ、疑う余地も無い」