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『....すまない』
『だから私は行かないって言ったじゃん!』
『....常守、この件は俺が必ず埋め合わせをする』
『大丈夫ですから、そんなに気に病まないで下さい』
と言っていたのも束の間
伸兄はもう相手のお父さんとお酒を交わしてる
その隣で私は、常守さんとお母さんと共にいわゆるガールズトークに混じって手元にはオレンジジュース
「娘が公安局の刑事課に道を決めたと聞いた時は本当に驚いてね、強い子だけど不安もあったんだ。確か初日から"やらかした"とか言ってたな....」
「その時の事はよく覚えてますよ。問題行動を起こしたわけでもない執行官を撃って、正直度肝を抜かれました」
「結婚してどれくらい経つの?」
「え、あ」
耳が二つじゃ足りないくらいどこに集中したらいいのか分からない
伸兄達の話も気になるし、お母さんからの質問も前触れ無しに降って来る
「2年が過ぎたくらいです」
「ならまだまだ新婚さんね!やっぱりシビュラの診断を受けて?」
「いえ....実は幼馴染みたいなもので....」
「ええ!それじゃあ今まで誰かとお付き合いした事は?」
「もうお母さん!」
若々しいお母さんだな....
私は生涯で母親が二人いたようなものなのに、その誰とも母娘で恋愛話なんて出来なかった
話せるようなタネも無いけど、どこか空虚な感覚
「30なのか!?まさか歳まで惑わされていたとはな」
「さすがに無理があるかと思ったのですが....」
「いやいや全く疑問に思わなかったよ!大人びた雰囲気だがいい意味で若く見える。それなら奥さんも?」
「妻は一つ下なだけなのであまり変わりません」
その一つ違いが大きいんだから
ほぼ同じ時間を生きて来たのに全然違う印象
ずるいと言えばずるいし、その分頼り切れると言えばそれも確か
「朱が何かしたら遠慮無く引っ叩いていいからね」
「そ、そういうわけには...」
「上司だとか部下だとか身分は関係無い、朱がご主人に特別に気を置いてないのは明らかだから」
「もうやめてよお母さん....」
「娘の考えなんて母には分かるものよ」
"それは無いかな"と意を込めて笑ってみる
伸兄もそんなに簡単じゃないし、常守さんも厳しい状況に常に身をおいているのは分かるし
お母さんさんは多分狡噛さんの事を知らないのかな
本音を言えば二人はお似合いだと思ってた
それが悔しさから来るものかと聞かれれば潔い否定も出来ないけど、肯定なんて出来るほどの感情すら許されてない気がする
もしも
もしもまた会う事があったら、私は逃げないでいられるだろうか
真っ直ぐ顔すら見れない
許して貰えるとも思ってない
「もしかして小さい頃に"大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!"だとか言ったのかしら?」
「無いです無いです!まさかこうなるなんて数年前まで思ってませんでした」
とは言っても、昔の事は伸兄の方が覚えてるし
....無いよね?
「二人で話した時から気付いてたって言ってたけど、何があったの?」
「俺は普通に会話をしたつもりだ。特にミスをした覚えも無い」
"自由に使って"と案内された部屋で備え付けのテレビを無造作に流してる
「じゃあ何聞かれたの?」
「今後結婚するつもりはあるのか、子供は好きか、親は何をしている人か。父親なら聞きそうな事だろ」
「それで?」
「事前に用意していた通り答えた、それだけだ」
「だからなんて答えたの?」
「それは車の中で話してただろ」
「私は音楽聞いてたじゃん」
そこで短く音を立てたのは伸兄のデバイス
こうなったから仕方なく須郷さんに連絡してダイムの世話を頼んだらしい
最近はダイムもちょっと寂しい思いしてるかな
「結婚については"互いに多忙だからまだ考えていない"、子供についても同じだ。俺の家庭環境に関しては両親が会社員の一般的な物だとした」
「まぁ普通だね....ならやっぱりお父さんが言ってたように顔に出てたんじゃない?伸兄結構そういうところあるしさ」
「....そうなのか?」
「よく言えば感情豊かだけど見てればすぐ分かるよ。今機嫌悪いんだなとか」
「....、そういえば指はどうだ?」
「平気だって、そもそも大した傷でもないのに大袈裟なんだから」
と言いつつ、もし気付いてくれてなかったら"彼氏役見事にハマってるね"とか皮肉を言ってたかも
こんな別の人物に対して出来得る限りの誠実な態度を見せなきゃいけない状況でも、ちゃんと見失わないでいてくれるから、
「心配性過ぎて疲れない?」
「そう思うならいつもいつも心配させるな」
私はこの人が大事で
愛せてるのかな