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「うわ....」

「...かなり広いですね」

「ほら、さっさと終わらせて早く帰る!まだ仕事も残ってるんだから!」


....霜月さん機嫌悪過ぎじゃ....
何かあったのかな、プライベートとかで

念の為に携帯させられたドミネーターを腰にしまって、目の前の薄気味悪い建物を見上げる
住宅街からも少し離れたここは、夕方の今ほとんど人気が無い


「では自分が先頭を切ります」


監視官は執行官を見張れるように最後尾に付くことが多い
それは霜月さんも同じだけど、こう言う事を体験すると常守さんは本当に異例

少しだけ開いている倉庫の扉を、須郷さんがガラガラと音を立てて引き開くのを見守る
どこまでも真面目で紳士的な人
伸兄とは反対に無駄に多く喋らない人
そのせいで結局どんな人なのかは全く分からずにいるけど....休日とか何してるんだろ
ひたすらにトレーニングするわけにもいかないだろうし....


「足元気をつけて下さい」

「....濡れてますね、雨でも降ったんでしょうか?」

「昨日雨だったでしょ」


と言われても公安局から一歩も出てない執行官の身としては、そんなに当たり前な情報でもない
ニュースを見たり食堂行ったり、むしろ刑事課オフィスの窓からでも見えるけどその雨粒を体験出来なければ意外と覚えてない物
それに昨日はそもそも休みだったから

中へ進めば進むほど大きく広がる足音
当時の棚や物品が落ち葉に包まれながら転がっていたり
ライトを照らしながら一列一列と進んでいく
そこら辺にある公園より大きいんじゃないかな....

今のところ特に物音は聞こえないし、特異な物もないけど


「ここ、どうして取り壊さないんですか?」

「分析官によると契約者との連絡が付いていないからだそうです。無断で取り壊すわけにもいきませんので」

「....でもこんなに朽ち果てた倉庫の契約者なんて....」

「はい、お亡くなりになられています」


私が話を聞いてなかった?
などと思えるくらいにスラスラと答えてくれる須郷さん
振り返ってみると霜月さんはデバイスで何かを見ている最中


「ここが2階へ上がる階段のようですね。かなり崩れてしまっていますが」

「....どうしますか?」

「あ、え?」

「階段です。崩れているので少し危険だと思います。まずは1階を調べて何も無かったら試してみるべきかと」

「そ、そんな事いちいち聞かなくても自分で判断して!」


なんでそんなにピリピリしてるんだろう....


「では引き続き奥に進みま....っ!今の聞こえました!?」

「....上ですね、自分が行きます」

「私も行きます!」

「いえ、あなたは監視官と共にここで待っていて下さい」

「私の方が絶対須郷さんより軽いと思いますよ?須郷さんが行けるなら私も行けます!」

「ですが上には何があるか分かりません。それに危険な事はさせるなと

「夫の事は私が何とでも出来ますから!」























「っ、おい!何でそんなに泥だらけなんだ!」

「すみません....クリーニング代は自分が

「廃倉庫なんだから汚れて当たり前でしょ、須郷さんも逐一責任を感じなくて大丈夫ですから」


特にパンプスとストッキングはもう捨てるしかないかも
スーツはもう一着あるから大丈夫だし


「とりあえずまずは着替えて風呂に

「待って!見せたいものがあるの」


"どうぞ上がって下さい"とじっと動かないでいた須郷さんを促す
もしかしてまだ伸兄との確執を抱えてるのかな....
そんなに緊張しなくてもいいのに


「その段ボールはなんだ」

「何だと思う?」

「わざわざ廃倉庫から持って帰って来たのか?」

「大丈夫、変なものじゃないから。ダイムもおいで!」


名前を呼んで軽く叩けばすぐに歩み寄ってくれる
興味津々にテーブルに置かれた段ボールに鼻先をつけて匂いを嗅ごうとする姿がいつも通り可愛い


「じゃあ開けるよ」


丁寧にそっと
驚かせないように

重なる蓋をゆっくり開いて

その中で小さく、大きな目を動かしている毛並みを掬い上げる


「なっ!」

「ワン!ワン!」

「ダイム!ダメ!ちょっと伸兄抑えて!」





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