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「飼うのか!?」
「ダメなの?」
ケージに戻されたダイムが奥から見つめてる私の手元にあるのは少し元気が無さそうな子猫
そう
廃倉庫での物音の原因は猫の家族が住み着いていたから
その中でもこの子はどういう事か輪に入れず、見つけた時はもっと悲惨な姿だった
今はシャワーも浴びて食べ物も与えたからかなり良くなったけど
「検査とか許可関係は全部もう終わってるから!」
「....だが猫だぞ!」
「猫だけど?」
「生き物はぬいぐるみとは訳が違う!」
「世話なら出来るよ!犬だってこんなに長く飼ってきたし、今時どうしても分からなければインターネットで何でも調べられる!」
「....ダイムが受け入れられなかったらどうするんだ!」
「ダイムは優しいから分かってくれるよ!」
「今さっき興奮したのをもう忘れたのか!」
「初めて猫を見たならびっくりするでしょ!」
大人しくあまり鳴きもしないまま私の膝の上でキョロキョロとしてる小さな体
撫でれば骨格が感じ取れるくらいに、とても健康とは言えない
「元気になって新しい家族が見つかるまでだけだから、お願い」
「....はぁ、とりあえず風呂に入って来い。話はそれからだ」
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「無理はしないで下さい。厳しいようでしたら自分が引き受けるつもりです」
「いや、そういうわけにも行かなくてね」
「と言いますと...?」
「....あいつの事だ、どんな道を辿ろうが結局俺が折れる。うちは昔からそうなんだ」
「では最初からそのつもりだったんですか?」
「まぁそんなところだな。ただ急に子猫だと....驚かない訳がないだろ」
"全く..."と息を吐いた宜野座さんは、普段仕事やトレーニングルームで目にする雰囲気とはあまりに異なる
本音は、征陸さんと初めてお会いした当時の印象や、青柳監視官の事で身勝手にやや難しい印象を抱いていた
「今回連れて帰って来た猫は、親猫に見捨てられてしまっていたようでした。他の兄弟と見られる猫は元気そうなのに1匹でかなり痩せていた。そこで名前さんがちゃんと治療を受けさせるべきだと霜月監視官に」
「霜月もよく許可をしたな」
「いえ、最初はもちろん反対されていました。ですが奥様が懸命に説得をしてなんとか。最後は監視官も動物病院の予約まで取っていましたので」
そう話すとふっと力を抜いたように笑った様子に、どうも慣れない感覚が痒い
この人が、あの時青柳監視官に"また自分の父親を他人みたいに"と言われていた人物と同一なのかと
確かに笑った表情は征陸さんに似ているかもしれない
「相変わらずだな、名前は」
「自分も連れて帰るとまでは考えませんでした。その場にいて恥ずかしく思うくらい奥様は本当に優しい方です」
「その優しさが仇とならないようにするのが俺の務めだと思っているんだが....上手く行かないことの方が多い。その度に頭を抱えてるよ」
「本音を言い合える関係性は素晴らしいものだと思います。無理に譲り合うより、思っている事を吐き出せる。メンタルケアにおいても重要だと聞いたことがあります」
「お前はどこまでも真面目だな、スーツは大丈夫か?替えが無ければ貸してやる」
「....実は今朝一着クリーニングに出したばかりでして....」
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「良かった!食べてくれた!」
そう大きく喜んだ名前は、つい3種類目のフードを猫に与えたところだった
"どれなら食べるか分からないから"と4つも飼って来ていた
それ以外に猫用のベッド、玩具、トイレなど、部屋の雰囲気が変わってしまったかのように思える程
いつも自分の金を使わないと思ったら、こういうところに躊躇いもなく注ぎ込むのか
「お前も早く食べろ、もう冷めるぞ」
俺は呆れているように見えるかもしれない
実際それが違うとも言えない
だが、ここまで真っ直ぐに成長して来てくれた事が素直に嬉しいのも嘘ではない
当時はよく、逸れた道に進んでしまわないかと常に肝を冷やしていた部分もあった
現に周りには"若気の至り"をそのまま具現化したような奴らはいくらでもいた
経済状況含め家庭環境が思春期の子供を大きく左右するとどこかで目にした時が懐かしい
そのすぐまた次には、学校での環境が重要だと聞いたり
「いくらなんでも作れるからってさ、毎日オートサーバーも飽きて来たな....」
「あまり監視官の仕事を増やすな」
「....別に出かけたいって言ってないけど?」
「言ってるだろ」
今振り返れば俺もまたガキでしか無かったが、とにかく必死だった
一つ年上の男だという事実が、名前の身に起こる全ての事に厳重な責任を負わなくてはならないと
親父のような無責任な人間にはなるまいと
壮絶な過去を経験し、俺と出会った当初に見せていた荒んだ心を二度と取り戻させないと
結局、今でもそうだが
親父に連れられて来た日の表情と、その後しばらくして初めて見せた笑顔が俺の中では凄まじく強烈な記憶として残っている
メモリースクープをすればハッキリと画像化出来るんじゃないかと思える程だ
「そもそも猫はどうするんだ?しばらくは放っては置けないんじゃないのか?」
「誰も一緒に行きたいとは、今度こそ言ってないよ」
最初はその程度だったと思う
ただたった一人の家族として、
兄として、
保護者として、
男として
その身体も心も守らなければならない
ある程度は仕方がないとしても傷一つ付けさせてはならない
いつからだったんだろうな
全く見当もつかないが、
出来る限り側にいたい
ずっとその彩り豊かな表情を見せて欲しい
驚く事に馬鹿みたいな嫉妬もして
きっかけは散々だったとは言え、互いに肌を触れ合う時間の熱や息全てに、深く酔いしれるような愛しさも抱く
それでも所謂恋愛感情は未だに理解出来ない
同性愛の感覚も無ければ、これまでに興味が湧いた女もいない
名前は今でも狡噛を慕っているが、俺には全く縁が無い話だ
それを強く気に留めもしないのは、俺自身も狡噛を特別視しているからだと言われれば反論も無い
「....嘘だと分かってても反応くらいし...、あ、食べ終わった!全部食べてくれてる!」
昔はあんなに拒んだのにな....
宜野座の姓、今では渡して良かったと思っているよ
後にも先にも人生でただ一人選ばれる事が出来るその枠を、もう一度空欄にさせもしなければ、他の誰かに譲りもしない
「やっぱりこれが好きみたい!二袋くらいオーダーしといて。あと獣医さんが言ってたんだけどワクチンも
「ちょっと待て、俺が買うのか?」
「うん」