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「ねぇ、まだ怒ってるの?」

「だから怒ってないと言っただろ」

「....もう1週間だよ?」


あの日
今着ているドレスが届いて試したあの日
猫の世話をして戻って来たら、その前まで纏っていた妖艶な雰囲気が無くなって代わりにどこかそっけなくなっていた

それこそ私が誘っても、『疲れた』とむしろ私を誘って来た時に言われた台詞を返されてただただ混乱した
子供みたいに不貞腐れて大きな背中を丸める姿に、猫の世話を優先した事や、須郷さんに夕飯まで滞在させた事を謝ってもただただずっと

『怒っていない』

とだけ
この1週間ずっとそれだけ

表面上は何も変わってない
でも25年くらい一緒に過ごして来たんだから流石に分かる
冷たいというか、落ち込んでるというか
なんとなく避けられてる感じもする

話題が話題だから運転席に座る常守さんに配慮して小声で話したり
言葉を濁したり
それでも空気は分かりやすいのか、公安局の地下駐車場で待ち合わせた時は"二人ともすごくお似合いですよ"って褒めてくれてたのに、今じゃ気遣って息を潜めてる

唐之杜さんと予約したメイクさんは、会場で会った時に互いにお披露目したいからと場所も時間もズラしてやってもらった
私はハイネックのドレスだから、それが映えるようにと髪は束ね上げて
メイクさんが"肌が白くて髪もドレスも暗い色だから真紅の口紅が似合う"と施してもらった大人っぽいメイク

『赤いリップは印象が強いので、可愛らしさも表せるように塗り方は工夫します』

確かにキツくはない仕上がりだけど、せっかく教えてもらった塗り方はもう自分で出来る自信が無い

鏡の中に映った"完成した"自分はまるで自分じゃないみたいで、メイクさんがまだ片付けているにも関わらずすぐに伸兄に見せに行って
....なのに


「....ねぇってば」

「もういいだろ、この話は終わりだ」


"あぁ"って一言だけ返されて、まともに顔も見てくれなかった
そしてそれは今もそう
窓枠に肘を突いてすっかり日が暮れた夜の東京を眺めている横顔
いつものスーツよりもかっちりと着込まれた正装と、私のアイディアでなされたハーフアップの髪型
純粋によく似合っていてカッコいいと思うし、素直にそれを伝えたいけどその相手は全く私を見てくれない

怒ってないって....

何それ













「あなた達....やっぱり目立つわね」


霜月さんと一緒に来た唐之杜さん達で会場で出会うと、まず最初に言われたのはそんな一言


「え、結構落ち着いた格好をして来たと思うんですけど....」

「似合わない派手さより似合う地味さの方が輝くのよ。これはあなた、今日はゆっくりディナーなんて言ってられないんじゃない?」

「....席は公安局で括られてある」

「そうは言ってもこんな美女がいたら座席なんて関係無いわよ」

「び、美女って言い過ぎですよ!私はそんな

「それくらい今日の名前ちゃんは飛びっきり綺麗よね?」


否定しようと手をひらひら振る私を無視して隣に立つ夫に向けられた質問
それは私も気になっている質問
特に今日はあまり会話が出来てないんだから
答えが聞きたくて、私より頭一つ分高い位置にある顔を見上げるも視線は絡み合わない


「....少し席を外すから名前を頼む」

「え、ちょっと、どこ行くの?」


突然歩み出そうとした袖を咄嗟に掴んで


「トイレだ、すぐ戻る」


また横顔しか見えなかった

遠ざかって人混みに紛れて
消えて行く背中をぼーっと見つめる

....なんで?
そんなに嫌だったの?
もう何回も謝ったのに


「....どうしちゃったの?ご主人」

「まぁ....いろいろあって....」


それともメイクやっぱり似合ってない?
私を傷つけたくないから言わないようにしてるって事?
と考えているのが筒抜けだったのか


「本当によく似合っていますよ」

「く、六合塚さん....」


私とは反対に長い髪を下ろして、パンツスーツが定着しているイメージを覆すような膝丈のドレス
私はその女の子っぽさが好きかも


「宜野座君はきっと恥ずかしいのよ。妻がこんなに綺麗だったら緊張しちゃうのも分かるわ」

「緊張....ですか?」

「ちゃんと自我を保てるかってね。最近寂しそうだったし」


































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「この後二次会に

「だから行かないと言ったはずだ!」

「ノリ悪いなー、それくらい付き合ってよ。タダなんだから」

「興味無い事に割ける時間など

「あー!

「っ!唐之

「やっと見つけた!」


驚く間も無く腕に絡み付いた体重は、よく見慣れた明るい髪色


「あなた、最愛の妻放って何してるのよ!」

「え、この人が奥さん?」

「いや、違

「そうよ!うちの主人に何か用?」


"何を言っているんだ"と開きかけた俺の口を閉じるように、革靴越しに刺さるピンヒール
それと同時にいつもより強い香水の匂いが鼻に付く





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