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「すまない....迷惑をかけたな」

「大丈夫ですよ。相手は新郎のご友人で、お陰で本性が分かって良かったそうです。人の結婚式で既婚者に手を出すなんて、もう絶縁するらしいですよ。霜月さんの方も気にしないで下さい、何かあれば私が直接局長に話しますから」


あの後、もちろん伸兄にはこっぴどく叱られて
ちょっとした騒ぎになっちゃって様子を見に来た新郎新婦、それから事情を察したその他ゲストからあの男性は大ブーイングを受けた

特に新婦は私にすごい謝ってくれて、自分が潜在犯だって忘れそうだったくらい


「須郷さんにもちゃんと謝らなきゃね」


そしてその裏では、執行官が騒ぎを起こしたと、これは伸兄の問題行動であるとドミネーター使用を霜月さんが訴えていたそう
それを常守さんや唐之杜さん、六合塚さんが抑え込んでくれて、今では"上に報告して処罰を与える"と言っている


「怒ってるの怖かったって言ってたよ」

「あれは....」

「でも私は嬉しいですよ、時々こうして昔の宜野座さんが観れるのは。なんだか、ちゃんと以前と同じ人なんだって実感します」

「....そんな別人になっているわけがないだろ」

「それくらい変わったじゃないですか」


公安局へ戻る車内
常守さんがオートドライブに設定して、街灯が一定のリズムで灯す車内
互いの片手をしっかり握ってその時を待つ

実は新郎新婦からお詫びの印としてレストランで提供してるワインを1本貰った
私はよく分からないけど、"結構良いやつ"らしい
帰ったら早速開けようなんて言ったけどそんな余裕があるのか


「明日は一係は全員午後の当直になります。皆さん疲れたでしょうから」


正直な話、私は自信無いかも


「そう出来るようにお前が努力をするのか?」

「家に居ても何もしないので一緒ですよ」

「全く....少しは休み方という物を学べ」

「そういう宜野座さんは教えてはくれないじゃないですか」

「でも伸兄の休み方は、植木の世話とその鑑賞ぐらいだけどね。何で飽きないの?」


見えて来た公安局のビルにどうも緊張する
そもそも"しよう"って話をしたわけじゃないから、私だけ変に意識してたらどうしよう....
そう思い始めるとますます恥ずかしくなって、握られている温度が熱く感じた


「ならくだらないドラマのどこが面白いのか教えてくれ」

「それはだって、普段体験出来ないことを共有させてくれるんだよ?特に恋愛物とかドキドキするじゃん!」

「もしかして名前さんこの間の特番見ましたか?」

「先週放送してた2時間スペシャルですか?」

「そうです!あれすごく良かったと思いませんか!?」

「分かります!特に最後主人公がヒロインにプロポーズするシーンとか!あんなセリフ言われたら誰でもキュンキュンしちゃいますよね!?」


なんて盛り上がる私と常守さんに、"まるで理解が出来ない"とでも言いたそうな溜息で参加した伸兄はこういう類の物とはもう一生縁が無いんだと思う
恋愛しない人生も一つ煩悩が減りそうだけどね

私達にはそれで充分












「じゃあ、今日はお二人ともゆっくり休んで下さい」

「ありがとうございました」

「友人夫婦には申し訳なかったと伝えてくれ」

「もう分かりましたから」


エレベーターが41Fで開く
密室だった空間に刑事課フロアの空気が流れ込んで、"荷物だけ取りに行く"と言った常守さんが降りて行った

車を降りた時からずっとソワソワしてる
二人きりになったら
どんな話をしようか
どんな顔をしようか

貰ったワインは両手で大事に抱えてるのに
今にも落としてしまいそう


「また明日オフィスで」


扉が閉まる瞬間ですら長い
こんなに遅かったっけ?
少しずつ見えなくなっていく常守さんも、今日はいつもと違って女の子っぽくて可愛いなって思ったり
この時間でも廊下の明かりは付いてるんだと思ったり

そしてやっと


「.....」

「.....」


監視カメラだけが見守る空間


「.....」

「....お、美味しかったね、料理」


冷め切ったものだけは食べた私の苦し紛れな沈黙破り
それでも美味しかったのは確かだけど


「....名前、その

「待って!」


謝罪の言葉を聞きたいわけじゃない
少なくとも今は


「....そういうのは明日にしようよ」


たった9階上るのにそんなにかからないドアはまたすぐに開いた
執行官宿舎フロア
ここが今は私の家

気持ち早足で廊下を抜けて、部屋のロックを解除して





「っ、名前、




ヒールを履いてるからそんなに変わらないとは言え、いつもの癖で踵を上げてしまう




"もっと"って強請るように



「はぁっ」



噛み付くように



「ん....」



貪り合うように



「....いいのか?」

「1週間断られ続けた私の身にもなってよ」

「....後から撤回は無しだぞ」



わずかな酸素も、隙間も、寂しさも、罪悪感も
余計な物全部全部奪い去り合うように

代わりに真っさらな欲を押し込んで



ペットの世話も結婚式に行く前に済ませてあるし



「....ぁっ」



目の前にある愛だけを見つめながら


白い夢に共に沈んでいく





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