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結婚式での一件の翌晩

貰ったメディカルのワインは棚に戻して、本物のウィスキーを飲みながら
スーツを着替えるのも忘れて、
睡眠不足で眠かった事も忘れて、
お互い学校で習った教科書通りにしか踊れないダンスを、リビングで流したクラシック音楽に合わせて身を寄せ踊ってみたり
何度もその革靴を踏んで、感性よりも記憶にある教わった型に固執して、

『違う、そうじゃなかった』
『こうだったよ、先生がそう言ってたの覚えてるもん』

等と指摘し合って

酔いが回って来た身体で支えきれなくなった体重を一緒にベッドに落とした時は、何故か可笑しくて二人で大笑いした

そして私がふらつく足取りで取って来たアルバムを布団の上に広げて、一人一つずつ琥珀色の液体入りグラスを持ちながらページを捲った
お互いの入学式、卒業式、初めて制服を着た時、初めてスーツを着た時
遠い昔出掛けた時におばあちゃんが撮ってくれた二人の写真とか
その中でも何時のかすら分からない、幼い私の泣き顔を写した物を、

『絶対伸兄にいじめられた時だよ!』
『そんなわけないだろ!お前が勝手に転んだ時だ!』

と言い争っていると、白いシーツの上に出来たシミ
誰が零したのかとまた言葉を投げ合っている隙に、どんどん増えて行くシミ

もう何が何だか分からなくって
そんな事どうでも良くなって
ただこうして側で触れられる距離にいる事が嬉しくて
笑い合える事が幸せで
相変わらず綺麗な顔してるって
『眼鏡はもうかけないの?』って
見慣れ過ぎた顔、嗅ぎ慣れ過ぎた匂い、触れ慣れ過ぎた体温なのに
重なるように近付くそれに妙にドキドキして

気が付いたらお互い寝苦しい格好のまま、手を繋ぎ合って、2匹のペットに朝を知らされていた




....と言う事がもう4ヶ月近く前


「大丈夫ですか...?」

「あぁ、っゴホッ」

「ねぇやっぱり休んだ方がいいよ」


時々咳込んでいる伸兄は、朝起きた時から顔色が良くなかった
昨日の夜、真夏だと言うのに"寒い"と言って追加された毛布


「そうですよ、無理しても良い事はありません」

「何かあったら心配だから、お願い」


伸兄がこうやって体調を崩すのは本当に珍しい
思い当たる原因と言えば、最近頑張り過ぎてたのかな....
やっぱり霜月さんからの嫌味は多いし、
その霜月さんの失敗は元監視官の伸兄がカバーをして、
常守さんも未だ監視官の業務で伸兄に頼る事がある

それを横で見てて誇らしいと思う事もあるけど、もう少し自分を大切にして欲しいとも思う
仕事はいつも真面目で全力
プライベートはペットと植物の世話をしながら、私の事を最優先する
もうちょっと自分自身を気遣ってあげてもいいのに....


「とりあえず、ゴホッ....今日の仕事は終わらさせてくれ」


その発言に常守さんと顔を見合わせる
まぁ伸兄も子供じゃないし、無理強いも出来ない

私がそんなだったら絶対仕事に行かせてくれないのに


「じゃあ名前さん、絶対に無理させないようにお願いしますね。何か必要ならすぐに言って下さい」

「分かりました。ありがとうございます」


再び向き直ったパソコンの画面....というわけにもいかなくて、すぐに隣を覗き込んでしまう
寒そうにはしてるけど、少し汗もかいてるような....

これじゃ私も仕事にならない
何かしなきゃと普段伸兄がどうしてくれてるか思い出そうとしても、いつもされるがままでどうしたらいいのか

報告書を書くウィンドウと新規にもう一つ開いて、"風邪 対処"と打ち込んでみる

体を温める
水分補給をしっかりする
消化の良い物を食べる
睡眠はしっかりとる































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「ほら、水飲んで」


突然オフィスから出て行ったかと思えば、両手に荷物と一緒に戻って来た名前
まずは毛布をかけられ、2リットルのペットボトルに入った水を渡され、今はそれを早く飲み切るようにと急かされている

やや熱っぽさがある気分の中、これでもかという程に世話を焼いてくれる姿が素直に嬉しい
万が一にも移してはいけないと思いつつ、こんな名前もなかなか貴重だと止めさせられない自分がいる


「お腹空いたら雑炊用意して来るから言ってね」


が、その懸命な声にも関わらず感覚は悪くなる一方だ

今日の分の仕事だけは
何としてでも





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